簿記と数学

留萌千望高校教諭 佐川 大樹

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『演習プリント 特集√にまつわるお話@〜B』 root.pdf(42KB)

  1. はじめに
  2.  きっかけは1年生のある商業科のクラスでの出来事だった.ご機嫌斜めな女子生徒が私にこう吐き捨てた.
    「ルートなんて(私たちに)必要ないべさ!なんで(ルートなんか)やらなきゃなんないのよ!」
     彼女の言い分を要約すると,数学は簡単な四則演算だけできていれば十分で,高校で習う数学は自分達の生活には直接関係がないから数学を学ぶ意味がないとのこと.
     その生徒を含めてクラスの大半の生徒は,簿記などの専門の科目は商業科に在籍しているから勉強しなければならないという意識はあるようだ.従って,すべての教科,科目において無気力でいるわけではない.だとすれば,数学がどのように商業と関わっているか.特にルートがまったく彼らにとって無意味ではないことを理解させる授業をしなければならないと考え,今回のレポートの内容となった.

  3. ルートの導入
  4.  生徒にルートを指導するにあたっては,ある商品の値段の変化から,1ヶ月にその商品の値段が平均して何倍に値上がりしているかという例から導入した.価格が激しく変動する例がなかなか思い浮かばないので,少し時期は古いが「たまごっち」を例に取った(「たまごっち」を知っている生徒が何人かいたので辛うじて話は通じたが,これがあと何年か経つとたぶんどの生徒もわからないだろうと思う).生徒にとって平均といえば,足してデータの個数で割るという相加平均しか知らないと思う.しかし,ご存知のように時系列データの平均を求めるときには相乗平均を用いるため,平方根や累乗根の考えがどうしても必要になってくる.実際,この考え方を応用して簿記で減価償却※費の計算(定率法と呼ばれる)をするので,「君達の専門教科でもルートが出てきているんだよ.」と話をつなげていくことができるのである.
    (※)固定資産(建物や備品など)は長期間にわたって使用されると価値が減少するので,この価値の減少額を一定の計算基準に基づいて費用に計上することを減価償却という.

  5. 実践報告
  6.  この内容の授業は1年生の最後の数学の授業で行った.すでに学年末考査が終わり,生徒も一安心している時期での授業なので,さぞかし騒々しくなるのかと思っていたが,内容が目新しいのかそれとも疲れていたのかわからないが,案外静かに集中して授業に取り組んでいたと思う.この授業に関してアンケートを取ろうかとも考えたが,何だか好評価を強要しているようにも思えたので,アンケートは実施していない.ひょっとしたら独りよがりの授業をしたのかもしれない.しかし,生徒の何人かが「先生,(簿記の)検定持っているの?」と聞いてきたので,「日商(簿記)の3級は以前取ったことがあるよ.」と答えたら,少しは私を見直した顔つきをしていたので,ちょっとは興味を持ってもらえたのかなと思うようにしている.

  7. 余談
  8.  私は以前,商業の教員免許も取得しようと考えた時期があって,独学で簿記の勉強をしたことがあった.そのおかげで多少商業の先生と簿記の話ができるのだが,以前同僚の商業の先生と話をしたとき,公式を暗記して機械的に電卓を叩いて体で覚えるような勉強をしてきたんだ,というような話を聞いてとても印象的だった記憶がある.私は数学を生業とする職に就いているせいか,どうしても公式が出てきたときにその意味を考えてしまうので,時間はかかるがしっかり理解しながら勉強ができたと思っている(もっとも中途半端なところで簿記の勉強は中断してしまったが……).これは私の傲慢な部分なのかもしれないが,数学を勉強したことによって,なぜ,どうしてを大切にすることができたと思っている.それは数学の勉強に限らず,他の分野の勉強をするときにも自然にそうした態度で臨むことができた.それが数学的な見方,考え方のよさなのかなと,勝手に解釈している.
     最後に,商業の生徒達は検定の取得を目標に授業を受けているため,他教科の教員に対して(自分の専門教科の)検定を持っているかどうかで,その教員の能力を見極めようとしている所が見られる.数学の教員ならば数検1級は持っていなければというプレッシャーを感じることがある.とはいえ,生徒が検定や資格の取得に頑張っているのならば,私も彼らに負けず数検1級を目指して頑張ってみるかと思う.