彼らはなぜ|x|<1 をx<±1とするのか?

札幌旭丘高校 中村文則

 現課程において絶対値の指導は,大きな関門となって立ちはだかってきている.
 それは不等式の概念が中学から高校へ移行してきたことも要因であり,生徒にとっては不等式がまだ「練られていない」うちに,その応用である絶対値が襲いかかってくるのである.確かに ような解答は昔もずいぶんあったが,現課程になってからは人数が激増し,驚きと(教師としての)失意の念を感じてしまうのだ.
 このような解答に対しては,いままでは,

「何やってんだ,こんな解答は人間として許されないだろ.絶対やるな.今度やったら覚悟しておけよ」
と,罵詈雑言を浴びせ,脅しをかけて済ませてしまっていたが,これだけ理解できないものがいると,彼らの心理分析と合わせてその理由を知りたくなる.少し探ってみよう.
 まず,彼らは|x|=1をどう捉えているのだろうか.
 中学では,彼らは絶対値を「原点からの距離」として教えられる.したがって,|x|=1は,
「原点からの点xまでの距離が1に等しい」
とみなし,その値を原点からx軸上左右の方向に延ばしx=±aとする.変数xと左辺の距離1を比較しながらその値を測るのである.同様に考えると,|x|<1は,
「原点から点 までの距離が1より短い」
とし,xを測ると,-1<x<1となるはずなのだが,ここで不等式の概念が定着していない彼らの思考は飛ぶ.
 単純にxと右辺の1を比較し,距離が1の点xの値を±1と求め,両者を結ぶ不等号を大して考えもせずに(考えることもできなく) 実に安直に,x<±1と結論を引き出すのである.
 絶対値の距離的捉えは高校の数学Tにも引き継がれて,距離を場合分けすることで絶対値は次のように定義される.
   
 これを簡略化すると,|a|=±aとなるが,ここで使われる等号(=)は左辺の絶対値の結果を表すものであり,その値が右辺の±aであるということである.しかし,これに対して|x|=k (k>0)である式は,|x|が右辺のkに等しいxの値は何かを要求し,その結果としてx=±kが得られている.恒等式・方程式の違いで両者の等号の使われ方は異なっているのだ.
 だから|x|=kの絶対値を距離的な扱いとして捉え,その大きさを評価するのであれば,
   |x|=k ⇒ x=±k
となる.しかし,「絶対値をはずす」ことで解くのであれば,
   |x|=k ⇒ ±x=k
とすべきである.しかしこの等式±x=kは,x=±kとなるから,距離的解法と感覚的には同じように思われ,その挙句,勘違いしてしまった彼らは,そのまま不等式にも当てはめようとする.これが,
   |x|<1 ⇒ x<±1
としてしまう彼らの発想なのである.
 だが,実際に,「絶対値をはずす」ことで不等式を解くと,
   |x|<1 ⇒ ±x<1 であるから,−x<1より,-1<xが得られ,x<1の式から,
   -1<x<1  ……@
となるのだろうか.
 もちろんこれは誤った解答である.しかし,x<±1は解答の拒絶以外のなにものでもないが,±x<1は,「場合分け」いう重要な概念に引き継がれていく.
 @の解答の誤りは,-1<xとx<1の共通解を求めてしまったことである.本来は場合分けした範囲の和集合を解とするわけだから,この方法で解いてしまうと本当はすべての実数が解となってしまう.@の解法は2重の誤りを犯しているのだ.
 彼らが不等式を苦手なものと感じるのは,共通部分をいっているか,二つ以上の範囲の部分を合わせようとしているのか,その違いがはっきりと分からないことにも原因がある.彼らの多くは場合分けをするときに,どういった範囲(group)で分けているかがいつの間にか欠落してしまう.絶対値は,その値が0を境として正・負の場合ではずすが,|x|=1を解くときには,絶対値を距離的概念と混同しながら,即座にはずしてx=±kと判断してしまい,結果,すべての絶対値に対しても同じことができると拡大解釈をしてしまうのである.そういった点でも,この±x=1から次の流れを作っていくことが,場合分け指導の最適なチャンス到来であると考えるべきなのである.
 だから,|x|=-1のような問題を提示し,距離的な概念で解がないことを説明した後に,絶対値のはずすことを場合分けをしながら解いてみてもよい.
 x<0のときは,-x=-1よりx=1.
  これは,x<0より不適.
 0≦xのときは,x=-1.
  これは,0≦xより不適.
 明らかに解がないことを明らかでないように説明することも必要なことではないだろうか.
 さて,|x|<1の解も,同様に,
 x<0のときは,-x<1より,-1<x.
  よって共通範囲を求めて,-1<x<0.
 0≦xのときは,x<1.
  よって共通範囲を求めて,0≦x<1.
 以上より,2つの解を合わせて-1<x<1
となる.
 こういった基本的な解答の流れが,応用的な問題の大きな解答の流れになっていくのである.
 では,彼らに対して我々はどう対応,対処すべきかという現実の問題を考えよう.
 まず,ひとつには,我々は絶対値の2面性をきちんと説明すべきであると思う.そのためには負符号の2面性についても説明を試みなければならない.負符号「−」はそれがつく値が負数であることと,それがつく値の符号をチェンジ(変換)する作用素的な働きをもつ.-aの場合は後者の意味であり,これが絶対値をはずす実際の作業であるわけだ.
 もうひとつは,教科書には距離的な意味から
   |x|=k ⇒ x=±k
が提示され,それで終わってしまっている.これがx<±kという解答を作り出す元凶になっているということを踏まえ,そのうえで絶対値の外し方の説明がなされるべきである.
 ただ,絶対値の距離的解法が不要ということではない.絶対値の解法自体がこの後,グラフ上の関数として捉えられていくから,「はずし方」を指導することも含め,段階的なレベルで発想を培っていけばよい.大事なことは,絶対値のはずし方が高校数学で彼らが対峙する初めての「場合分け」であり,我々にとっては指導の好機であるということだ.ここで譲ってしまうと彼らの論理的思考の発芽が遅れてしまうのである.