札幌新川高等学校  中村 文則

重心ってなに?

<先 生>今日はちょっと教科書とは離れた話題について考えてみよう。みんなはもちろん重心という言葉は知ってるね。

<まなぶ>

はい。中学校で習いました。

<かず子>

高校に入ってからも、「図形と方程式」や「ベクトル」の分野にでてきたわ。

<先 生>

では、その重心とはいったいなんのことだろうか。

<まなぶ>

そうまともに問われると答えにくいけど、多分図形が釣り合う点だと思いますけど。

<よしお>

三角形の重心を考えたとき、確か重心に指を添えて三角形を乗せるとバランスが取れるとか習ったと思う。

<かず子>

中学のとき、先生が三角形の重心に爪楊枝を刺して駒のように廻してくれたの。くるくると回って感激したわ。

<先 生>

重心という言葉はだね。かのアルキメデスが「重力の方向に釣り合う点」という意味で命名したんだ。人間で言えばへそみたいなものだ。図形を糸に結んでぶら下げると、その糸(すなわち重力)の延長上に重心が乗っていることが分かる。このことを利用すると実験により簡単に重心の位置は探すことが可能になる。みんなはもっともシンプルな図形である三角形でその重心を学んだわけだけど、ところで、その三角形自体はみんなが中学で習ったものと高校で習ったものは同じ図形を表しているのだろうか。

<よしお>

………、いってる意味がよくわからないのですが。

<まなぶ>

同じじゃないんですか。

<先 生>

他の図形で考えてみよう。例えば円。その方程式はどう表現されただろう。

<よしお>

はい、原点を中心とする円なら x2+y2=r2 となります。

<先 生>

では軌跡として表現するとどうなる。

<かず子>

定点から等距離にある点の軌跡です。

<先 生>

今のみんなの認識はそうなってるね。ではみんなが初めて円について習ったときの記憶を呼び起こしてごらん。純真だったころの小学生に還ってみよう。

<まなぶ>

えーと、担任の先生が、「円っていうのはお月様みたいにまあるい形だよ」っていって画用紙を切り抜いて……、あれ!、中身がなくなっている。

<先 生>

その通り。高校で習った円の定義は実は円の皮、すなわち円周を表している。何故かいつのまにか詰まっていた中身がなくなっているんだ。同様のことが球でもいえるだろう。球面が球という言葉にすりかわっている。どちらも、もともとの定義では方程式は、x2+y2≦r2 や、x2+y2+z2≦r2 であったはずなのだ。同じようにみると三角形についてはどうだろう。

<かず子>

代数的には「三角形の内部の点」なんて表現がでてきますから、これも周だけを表していると思います。

<まなぶ>

でも、三角比のところでは、「三角形の内部の面積」なんて言わないよ。だからこの場合は中身が詰まっていると思うな。そうするとどっちなんだろうか。

<よしお>

うーん。何かそれぞれの分野で都合のいいように使い分けているんではないでしょうか。

<先 生>

それぞれの分野ってどういうことだろう。

<よしお>

はい、代数的分野が周だけで、幾何的分野では内部を含めているということです。

<まなぶ>

そういえば、円についても幾何では、周および内部の面積を、単に円の面積っていってる。

<先 生>

大雑把にみるとそんな感じだね。でも本題はこれからなんだ。では、三角形の重心は中身のある三角形で考えているのだろうか。それとも周だけの三角形なのかどちらなんだろう。

<まなぶ>

うーん……、僕は中身の詰まっている方だと思います。重心というのは三角形が釣り合う点なんだから。中身がなかったら釣り合うところは空の状態になってしまう。

<よしお>

でも、ベクトルや図形の方程式で求めている重心は中身のない三角形ではないんだろうか。

<かず子>

だとしたら、中身がある三角形もそうでない三角形も同じ位置に重心があるってことになるわよ。重心の位置はどちらで考えても中線を2:1の比に内分する点でしょ。

<よしお>

でもそれは中線の交点が重心ということから位置ベクトルを求めたわけだから一致するのは当たり前だよね。ということは重心の定義そのものに疑問がでてくる。

<先 生>

それでは整理する意味で、もう一度三角形の重心についておさらいしてみようか。まず、中身のある三角形の場合だ。均質に薄い板状の三角形を考えてみればいい。確認するけど中身があってもなくても重心は三角形が釣り合う点であるということだ。薄い板で作られた三角形は、かず子の中学校の先生がコマをまわして実演してくれたように明らかに中線の交点が重心になっている。このことは三角形をある辺に平行にスライスしていけば説明がつく。
例えば図のように辺BCに平行に細かくスライスすると、スライスされた図形は線分に近い長方形とみることができる。ではそのおのおのの長方形の重心はどこにあるだろう。
<まなぶ>簡単です。その長方形の真中、すなわち中点にあります。

<先 生>

その通り。これは中点に長方形の重みが集まっていることを意味している。そしてこの中点を集めたものが中線になることは分かるね。したがって、三角形の重心はこの中線上に当然乗っかってくるわけだ。同様に今度は辺CAに平行にスライスするとやはり中線が浮かび上がってくる。以上よりこの2つの中線上の交点が重心となる。では、重心が中線を2:1の比に分けることを三角形の釣り合いをみることで示してみよう。釣り合うためには重さが必要だけれど、ところで三角形の重さってなんだろう。三角形が均質な薄板で作られていることから考えてごらん。
<よしお>面積を考えればいいと思います。三角形の体積は面積に厚さをかけたものですから。

<かず子>

面積は重さに比例するということね。

<先 生>

いい表現だね。さて先ほど辺BCに平行にスライスされた状態の三角形の形をちょっと整えてみよう。それぞれの長方形の中点が底辺BCの垂直二等分線上にくるように加工し、二等辺三角形を作るんだ。
 さて、いま重心Gにより△ABCは3つの三角形、△GAB,△GBC,△GCAに分けられるが、重心で重さが釣り合うとき、この3つの三角形の面積はみな等しくなるはずだ。辺BCを底辺とする△ABC,△GBCの高さを考えると底辺の長さは共通であるからそれぞれの面積は高さに比例する。したがって、BCの中点をMとすると、
   AM:GM=△ABC:△GBC=3:1 よって、AG:GM=2:1
となる。
<まなぶ>なるほど。重心のもつ意味や、どうして重心により中線は2:1の比に分けられるかがよくわかりました。

<先 生>

この三角形のようにスライスしたものを加工しても、もとの図形の面積や体積は一般には変わらない。これをカバリエリの原理というんだ。
 さあ、それでは次に中身のない三角形の重心を求めてみよう。

<よしお>

でも先生、今度の場合は面積がないわけですから釣り合う点もないような気もするんですが。
<まなぶ>三角形の三辺の重さを考えればできるんじゃないかな。

<かず子>

だけど辺は線分なんだから重さはあるのかなあ?。

<先 生>

うん。そのことが実は重要なんだ。ここでは線分には重さはないとして進めていこう。

<まなぶ>

そうしたら重さはないわけだから三角形はどこでだって釣り合うとも考えられますよ。

<先 生>

そうだね。そこでだね。この場合は三角形に重さをつけるために「三角形の3つの頂点に同じ重さをぶら下げる」と考えて、バランスをとってやるんだ。例えば各頂点に1gの重さをぶら下げれば図のような三角形が想定され、この三角形の釣り合う点から重心を考えていく。
 ここで、ちょっとモーメントという考え方を紹介しよう。天秤計りをモデル化すると図のようになる。このとき天秤の両端にオモリをぶら下げるとき、天秤を支える点( 支点)から両端までの距離にオモリを掛けた値を支点に関するモーメントという。図では、am,bnの値になるね。そしてこの2つの値が等しいとき天秤はその支点で釣り合うことが知られている。例えば、a=3,b=2であるなら、m:nはどうなるだろう。
<まなぶ>2:3になります。

<先 生>

その通り。この考え方を使って中身のない三角形の重心を求めてみようか。まず、辺BCでモーメントを考えるとBCは中点Mで釣り合う。そのとき支点Mにかかる重さはどれだけだろう。

<よしお>

両端の重さの和ですから2gです。
<先 生>線分に重さを考えてはいけないことがここから分かるだろう。次に、頂点Aには1gのオモリがぶら下がり、点Mには2gの重さが掛かっているわけだから、では中線AMはいったいどこでつりあうだろうか。

<まなぶ>

中線AMでモーメントを考えてやると……、あっ、2:1の比に分ける点で釣りあいます。

<先 生>

結論がでたね。すなわち重心Gは、中線AMを2:1の比に分ける点だということだ。

<かず子>

そうか。私たちがベクトルなんかで習ったのは頂点に同量の重さを加えたときの重心だったのね。

<先 生>

うん、だから正確にいうと3点の重心といった方がいいかもしれない。

<まなぶ>

でも、何か釈然としないなあ。そんな三角形なんて第一存在するはずないし……。単純に針金みたいなもので作られた三角形では考えられないのですか。

<よしお>

そうすると、辺に重さがあるわけだから、重心の位置が変わってしまうじゃない。

<先 生>

まなぶの着眼点は面白いと思うな。重さのあるフレームで作られた三角形の重心は興味深い話題だと思う。釣り合う点はどこにあるのだろうか。

<生徒達>

………

<かず子>

先生、ひょっとしたら内心で釣り合うのではないでしょうか。

<まなぶ>

ずいぶん突拍子もない結論だな。またいつものかず子の直感かい。

<かず子>

違うわよ。まなぶの当てずっぽうと違って私のはちゃんとした根拠があるわ。三角形ABCの内部の点 の位置ベクトルは、点Pによって分けられた3つの三角形、△PAB,△PBC ,△PCAを利用して表現できたでしょ。

<よしお>

確かそれぞれの面積を、△ABC=S,△PAB=S1,△PBC=S2,△PCA=S3 とすると、
   
だったよね。

<まなぶ>

そんなのあったっけ。

<かず子>

三角形が均質の薄い板で作られているとしたら、この式から重心の位置ベクトルを求めることができるでしょ。

<よしお>

S1=S2=S3 とすると、確かに重心の位置ベクトルに一致するね。
<かず子>だから、きっと各頂点の重みが違う場合もこの点が釣り合うという意味での重心だと思うの。特にフレームだけで作られた三角形では、点Pが内心であれば、内接円の半径をrとすると、
   
より三角形の面積とフレームの長さは比例するわけだから、
   
とみると、これから
   
この点 は内心を表しているわよね。

<先 生>

まなぶ。どう思う。
<まなぶ>うーん。なんかよく分からないけど、正しいと思います。イメージとしては、三角形の内接円の半径を小さくしても、釣り合う点は変わらないと思うからどんどん小さくしていけば三角形も縮小され、三角形は内心に近づくような気がします。

<かず子>

何さ、まなぶの方が直感に頼ってるじゃないの。

<先 生>

まあまあ。直感を馬鹿にしちゃいけない。数学では直感の後に論理性がついてくることはよくある。三角形の重心もまなぶのフレーム三角形の重心のアイデアも、違和感という直感から始まったことなんだから。


四角形のへそを探そう

<先 生>
では今度は四角形の重心に挑戦してみよう。もう、攻め方はわかるよね。

<よしお>

はい。これも中身の詰まったものと皮だけのものの2通りが考えられます。最初に、僕達が習った4点の重心、すなわち中身のない場合ですが、四角形の頂点に1gのオモリをぶら下げて釣り合いを考えます。まず、辺AB,CDでモーメントの釣り合いを考えるとそれぞれの辺の中点P,Qで釣り合い、2gの重さが加わります。最後に線分PQのでモーメントを考えて、その中点Gが求める重心となります。

<先 生>

このことをベクトルで確認してみようか。
四角形の頂点を、 とすると、その重心 の位置ベクトルはどう表現できたろう。

<まなぶ>

です。

<先 生>

これを
   
とみると、先ほどよしおが求めた重心に一致することがわかる。でも、この式のベクトルの組合せを変えると別の表現も可能になるよね。

<かず子>

はい。 とみると、辺AD,BCのそれぞれの中点をR,Sとすると、線分RSの中点ともみれます。

<まなぶ>


なら対角線の中点を結ぶ線分の中点にもなっている。

<先 生>

そうだね。結局、4つの頂点を結ぶ線分のバランスをとっていく順番によって表現が違ってくるということだね。じゃあ、次は薄板で作られた四角形の重心だ。

<まなぶ>

三角形と同じように、4点の重心に一致すると思います。

<先 生>

本当にそうだろうか。4点の重心と同じなら、その点で四角形は等面積の図形に分割され、釣り合うはずだね。適当な図形を思い浮かべて確認してごらん。
<かず子>……あれ?、釣り合わないわ。

<先 生>

かず子はどんな四角形を考えたの。

<かず子>


はい。等脚台形なんですが、明らかに面積が違ってきます。

<まなぶ>

あれ、本当だ。三角形で成立したことは四角形でも成り立つと思ったのに、おかしいな。この場合は拡張できないんですか。

<先 生>

これはね。4点の捉え方に問題があるんだ。平面上の4点で作られる直線図形は四角形ABCDだけだろうか。

<よしお>

4点の結び方によって他の図形も考えられます。

<先 生>

そうだね。椅子の足の数で考えると分かり易い。三本足の椅子は1本が他のものより短くても床にピタっと足がくっ付いて安定するけど、四本足だとぐら付いてしまうということだ。ただ、これは平面上で考えるからこんなことが起きてくる。

<まなぶ>

どういうことですか

<先 生>

まなぶの予想した拡張性は実は次元に対して成立するものなんだ。4点を空間内の異なる点と考えてみよう。そうするとこの4点は、四面体の頂点となり安定している。

<よしお>

そうか。すると均質な材料で作られた中身の詰まった四面体の重心になるってことですね。
<先 生>その通りだ。先ほどのベクトル方程式を次のように変形してみよう。
   
こうすると点Gは空間内でどんな点とみれるだろう。

<かず子>


まず、 は△BCDの重心の位置ベクトルを表しています。そして、線分AG1を3:1の比に分けた点がGということです。

<先 生>

すなわち、頂点とその対面である三角形の重心を結ぶ線分を3:1の比に内分した点が重心ということだ。そうすると、カバリエリの原理により直三角錐に加工すると、四面体ABCDとGで分けられる4つの四面体との体積比は3:1ということになる。したがって4つの四面体の体積(重さ)はみな等しくなり点Gで四面体は釣り合うことになる。
<まなぶ>ちゃんと拡張できるんだ。やっぱり数学は裏切らないや。

<先 生>

では、本題に戻って平面上で四角形の釣り合う点を求めて見よう。

<かず子>

これもモーメントを考えればいいのではないでしょうか。まず、四角形を対角線ACで2つの三角形,△ABC,△ACDに分けます。このそれぞれの三角形は重心G1 ,G2で釣り合うわけですから、その重心を結ぶ線分G1G2でモーメントの釣り合いを考えるんです。
<よしお>線分の両端に三角形の面積を表すオモリをぶら下げるということだね。当然その線分上に釣り合う点があるはずだね。

<かず子>

そう。そしてね。今度は対角線BDで2つの三角形、△BCD,△ABDに分割してそれぞれの重心G3 ,G4を結び、先ほどの線分G1G2との交点を求めるとその点が四角形の重心になるはずだわ。

<まなぶ>

へそとへそを足してへそを求めるってことか。そうしたらこう考えても面白いと思うな。先生が教えてくれたカバリエリの原理を利用するんだ。

<先 生>

まなぶいってごらん。

<まなぶ>

まず、対角線BDにそって(平行に)頂点Aを辺CBの延長上までずらし、三角形ACDを作ります。そしてその重心をG1とすると、もともとの四角形の重心はG1を中線DG1上にスライドしたところにあるはずです。同様に、今度は頂点Dを対角線AC にそってずらし、三角形ABDの重心G2をもとめると、中線AG2上に重心があることになります。したがってこの2つの中線の交点が四角形の重心になります。

<かず子>

なるほどね。そういう考え方もできるのね。

<よしお>

でもどちらの方法にしても、それは作図として重心の位置が調べられるだけであって、三角形のように中線の比の値として重心が求まるわけではないですよね。

<先 生>

確かにそうだね。それと4点の重心との関係も気になるところだね。それでは最後にそのことについて調べてみようか。四角形を対角線で分けてできる三角形、△ABC,△ACD,△ABD,△BCDのそれぞれの重心の位置ベクトルを
   
としよう。いま、線分G1G2 はその両端で三角形ABC,三角形ACDの面積に相当する(比例する)重みが掛かっている。
 したがって、四角形の重心 は、四角形ABCDの面積をSとすると、
   
で与えられる。ここで、G1,G2 の位置ベクトルをそれぞれ求めてみよう。

<まなぶ>

となります。

<先 生>

したがって、
   
となる。
ここで、 とおくと、点 はどんな点の位置ベクトルを表しているか調べてみよう。
頂点B,Dから対角線ACに下ろした垂線の長さをh1,h2 とし、△ABC,△ACDの面積を表現するとどうなるだろうか。
<よしお> となります。

<先 生>

だから、四角形の対角線の交点をPとすると、
   △ABC:△ACD=h1:h2=BP:PD
となる。

<よしお>

そうすると、 は対角線の交点Pの位置ベクトルということですね。

<先 生>

その通り。よってこれから、
     …………@
が得られる。
では、まったく同様に考えて、△ABDと△BCDに分けて重心Gの位置ベクトルを求めるとどうなるだろうか。

<かず子>

対角線の交点 は変わりませんから、
     …………A
となります。

<先 生>

だいぶ結論に近づいてきた。この2式@、Aを辺々加えてみよう。
     …………B
 さて、ここで、右辺の は何を意味しているだろう。
<まなぶ>あっ、これってもしか4点の重心に関係してますか。えーっと、4点の重心の位置ベクトルを とすると、ですから、 です。

<先 生>

それではこれをBに代入して整理してみよう。
   
となる。この式から重心の位置はどこにあるといえるだろう。

<まなぶ>

はい、四角形の対角線の交点をP、四角形の4頂点の重心をG'とすると、四角形の重心は線分PG'を2:1の比に内分する点ということになります。
凄い。鮮やかな結果になるんですね。


あとがき

 本稿の表題は、「誤手技」ですから内容には誤りがあります。ただ、嘘(口が空しいと書く)のつもりはなく、失敗と解釈していただければと思います。言葉をかえれば偽り(人の為と書く)ということです。誰に対しての偽りかというと、まあ最大のターゲットは自分に対しての戒めの意味になりましょうか。そう思って本文を読んでいただければ幸いです。
 なお、偽りの部分につきましてはそのうちまとめる予定ですが、私が意図した偽り以外に、私が意図できなかった偽りもあるかもしれません。ご意見を伺えればと思います。