ex) a>0,b>0のとき、次の不等式を証明せよ。 (1) (2) (3) |
<かず子>まず(1)ね。これは簡単だわ。
等号成立は、より、a=1のときです。
<よしお>次は(2)ですね。
まず、
同様に、
2式を辺々かけて、
等号成立は、より、6ab=1のときです。
<先 生>今日はなかなか順調だね。では最後の(3)だ。まなぶの番だな。
<まなぶ>うーん。なんか嫌な予感がする。
<かず子>どうして?。
<まなぶ>だって、あまりに順調過ぎるだろ。こういうときはきっと(3)に何か落とし穴があるに決まっているんだ。最初に問題を解いておけばよかった。
<先 生>なにブツブツいっているんだろう。早く解いてごらん。
<まなぶ>うーん。一見(2)と同じなんだけど……、まあいいや。
まず、
同様に、
2式を辺々かけて、
わー、やっぱりだ。はめられた。右辺の値が違ってきている。
<先 生>何を人聞きの悪いことを。でも、確かに右辺の値が違っているね。どうしてこうなったか考えてごらん。
<よしお>まなぶの解答は僕と同じですから間違ってはいないですよね。
<まなぶ>よしおの解答と比較されるのはちょっとシャクだけど、僕も間違いはないように思えるんですけれど。
<先 生>そう、ここまでは間違いがない。
<まなぶ>ん?、そうすると次からが間違いということですか。この後は、等号成立の条件を考えるんですよね。
相加・相乗平均をとった2数が等しければいいんだから、a=4/b と 9/a=b ですよね。あっ、そうか。
<かず子>どうしたの、何かわかったの。
<まなぶ>だって、等号成立はそれぞれの不等式からab=4,ab=9 ってでてくるだろ。これを満たすa,b なんかないじゃないか。
<先 生>その通りだ。記号「≧」は、「>または=のいずれかが成立している」という意味を表している。だから≧のある2つの不等式を辺々かけても必ずしも等号が成立するとは限らないんだ。
さて、そうするとまた振り出しに戻ってしまったことになるな。結局この不等式の証明はどうすればいいだろう。
<よしお>それこそ、振り出しに戻せばいいと思います。不等式の一般的証明方法はもともと、(左辺)−(右辺)を計算した符号を調べればよかったわけですから、この場合、
となります。最後に等号成立ですが、ab=6 のときです。
<まなぶ>なるほど。でもちょっと反則だよな。だって今日の授業は、相加・相乗平均の復習って先生はいっていたわけだから、よしおのやり方だとまったく使ってないことになるだろ。
<かず子>大丈夫よ。よしおが展開した式の中で、2正数 ab と 36/ab に相加・相乗平均の関係が使えるんじゃないかな。
だから、(左辺)−(右辺)≧0 がいえるわ。
<先 生>やっと、結論がでたね。
<まなぶ>うーん?、でも僕は納得いかないな。
<かず子>今日のまなぶ、何か疑り深いよね。何が問題なの。
<まなぶ>だってね。かず子のようにやれば確かに相加・相乗平均の関係から証明できるけど、僕的にはよしおの最初にやった解答の方が分かりやすいと思うな。何か相加・相乗平均の関係を無理して使っているような印象を受けるんだけど。
<かず子>それはさ、この問題は相加・相乗平均の関係を使うときには、等号成立の場合まで考えなきゃ不十分だってことを意図している問題だってことでしょ。
<まなぶ>だって、どの不等式の証明でも等号成立を調べるのは当たり前のことだろ。
<かず子>それは、そうだけど……、いってみれば相加・相乗平均は便利な公式だけど諸刃の剣ってこといいたいのじゃないかしら。
<まなぶ>そうかなあ。
<先 生>遮って悪いけど、実は、先生もまなぶの意見に賛成なんだ。
<かず子>えっ!
<先 生>本当は、先生、相加・相乗平均不要論者なんだ。
<まなぶ>うれしい。先生と初めて気持ちが通じ合えたような気がする。僕も常々そう思ってたんです。だって、左辺から右辺を引いて平方完成すれば証明できちゃうんだから、相加・相乗平均なんて関係式をご大層に使う必要なんてないですよね。
<先 生>まなぶの気持ち、先生はうれしくない。それと幸いなことに先生のいっていることは、まなぶの主張とは違う。等式の証明に乗法公式(因数分解)という恒等式が不可欠なように、不等式の証明にも有名絶対不等式の利用は必要なものなんだ。
<まなぶ>先生、ひどい。結局、先生は何を言いたいのですか。
<先 生>相加・相乗平均は素晴らしい関係だけど、それをも凌駕する絶対不等式があるということだ。
<よしお>ということはそれを使えば今日の問題も解けるということでしょうか。それはどんな不等式なんですか。
<先 生>みんなのよくしっている不等式だよ。
<まなぶ>……たぶん、それってコーシーの不等式でしょ。
<先 生>おやっ、なんで分かったのだろう。
<まなぶ>先生と気持ちが通じてるっていったでしょ。以前、先生がコーシーの不等式は大事だっていってたし。
<よしお>コーシーの不等式って、確か、
(a2+b2)(x2+y2)≧(ax+by)2 等号成立は、a:b=x:y
という不等式でしたよね。これと、今日の問題の不等式がどう結びつくんですか。
<先 生>今回の不等式には、条件として a>0,b>0というのがあるね。2数が正ということから相加・相乗平均の関係に結び付けていったんだけど、正ということは、根号をとれるということでもあるんだ。例えば(3)の左辺を
とみてごらん。
<かず子>あっ、コーシーの不等式の左辺の形になってるわ。
<まなぶ>本当だ。そうすると、
うわあっ、簡単にできちゃった。
<先 生>では、等号成立の条件はどうなるだろう。
<よしお>比が等しければいいのでしたよね。
から、ab=6 ですね。
<かず子>先生、他の問題についても確認していいですか。(2)は、
で、等号成立は、より、6ab=1 のときです。
次に(1)ですが……、あれっ、分からない。これはどうやるんですか。
<先 生>まっ、この式についてはコーシーの不等式を使うまでもないかもしれないけれど、あえて証明するなら、不等式の両辺が正であることより、両辺を平方した式を証明するんだ。
となる。どうだろう、凄いだろう。このように、相加・相乗平均の関係を利用した問題は、コーシーの不等式を使って解くことも可能なんだ。
<まなぶ>先生がコーシーの不等式の信奉者だってことは分かったけど、最後の不等式はやっぱり無理があると思うけど。そこらへんの融通性の違いが、心底、お互い気持ちが通じ合えない原因なんだよね。
ex) a>0,b>0,c>0,d>0のとき、次の不等式を証明せよ。 (1) (a+b)(b+c)(c+a)≧8abc (2) (a+b)(b+c)(c+d)(d+a)≧16abcd |
(1),(2)とも、相加・相乗平均の関係から忽ち導かれる不等式です。
これを使わないで不等式を証明しようとすると、本文でまなぶがいっているように左辺から右辺を引いて平方完成するしかないことになりますが、これは極めて困難な作業です。
無理をすれば、左辺は のそれぞれに着目した場合に2次式であること、等号成立のケースが、a=b=c=d であることから、平方完成を予想すると、
(1) (a+b)(b+c)(c+a)-8abc=c(a-b)2+a(b-c)2+b(c-a)2
(2) (a+b)(b+c)(c+d)(d+a)-16abc=ab(c-d)2+ac(b-d)2+ad(b-c)2+bc(a-d)2+bd(a-c)2+cd(a-b)2+(ac-bd)2
と大変な結果になってしまいます。しかし、これとて等号成立の場合を、相加・相乗平均の関係から読みとって、変形しているわけで、やはり相加・相乗平均の恩恵に預かっているのです。
では、これをコーシーの不等式を利用して証明することは可能なのでしょうか。
コーシーの不等式は、2多項式の積の関係を表す不等式ですからこの問題のように、3多項式、4多項式になると基本的には使うことができません。そこで、各式を2項の積に変形する準備が必要になってきます。
(1)の証明)
等号成立は、a2=c2,b2=ac より、a=b=c
(2)の証明)
等号成立は、ad=bc,ab=dc,ac=bd より、a=b=c=d
上述の証明をみてもわかるように、(2)の方が鮮やかに証明できています。これには理由があります。それを説明する前に、次の問題を解いてみましょう。
ex) のとき、次の不等式をコーシーの不等式を使って証明せよ。 (1) (2) (3) |
(1)の証明
(2)の証明
(3)の証明
このように証明していくと、一般に 2m個の相加・相乗平均の関係については、コーシー・シュワルツの不等式を利用して容易に証明できることが分かると思います。23 については、
となります。以下 n=2m の場合も、サイクリックに順次、コーシーの不等式を繰り返していけばいいのです。
ところで、相加・相乗平均の不等式
は、一般には、n=2m の場合が証明できれば任意の n の場合に拡張できます。
例えば、 を利用して、
以下、続けていくと、n=2m の場合が帰納的に証明されます。
では、この結果を利用して、任意のnについて、証明してみましょう。
とします。ここで、n=2m-p>2m-1 となるpをとると、n+p=2m より、
とおくと、
よって、相加・相乗平均の関係が証明されました。
コーシーの不等式を利用した相加・相乗平均の関係の証明は、n=2m の場合については、その証明過程は、上述の一般的相加・相乗平均の証明に共通しています。そしてこの結果から任意の n に対して不等式が証明できるわけですから、コーシーの不等式は、相加・相乗平均の関係を含んでいるといえるのです。本文中、まなぶが「無理がある」といったコーシーの不等式を利用した証明こそが、実は、本質に関わったものであったわけです。
以上のことより、相加・相乗平均で証明されるすべての不等式、あるいは問題は、コーシーの不等式でも解くことができることが分かります。
コーシーの不等式および n=2m における証明を利用して一般化できる不等式をもうひとつ紹介しましょう。
ex) a>0,b>0,c>0 のとき、 (nは、n≧2 である自然数) |
この不等式の証明は、凸関数の性質から求めることができます。f(x)=xnとおくと、
f '(x)=nxn-1, f "(x)=n(x-1)xn-2
よって、x>0 のとき、f "(x)>0 ですから、f(x) は下に凸の関数となります。
異なる3点を A(a,an),B(b,bn),C(c,cn)とします。
三角形ABC の重心の座標は、。
また、G からx軸に下ろした垂線と曲線 y=f(x)との交点をG 'とすると、。
ここで、下に凸の関数の性質より、HG '≦HG (右図)となりますから、結論が得られます。
また、等号成立は、3点 A,B,Cが等しいとき、すなわち、a=b=c のときであることも自明です。
では、次にコーシーの不等式を使って証明してみましょう。
まず、いくつかの n について、証明します。
n=2 のときは、
n=3のときは、
これより、
n=4のときは、
このように考えていくと、n=2m の場合については帰納的に証明できることが分かります。
次に、一般のnについて、成立することを証明しましょう。
ここで、次のような証明法を考えます。
命題 P(n)が与えられたとき、P(k) が真であり、かつP(k-1)が真であれば、すべてのnについて命題は真である。 |
この証明法を通常の数学的帰納法(forward-induction)に対して、backward-inductionといいます。
前述のように、すでにn=2m については証明できていますから、n-1=2m-1 について証明すればいいわけです。
∴
よって、すべての自然数nで成立します。
最後に、コーシーの不等式を利用して、演習問題を解いてみましょう。
ex1) a>0,b>0,c>0のとき、次の不等式を証明せよ。 |
証明) コーシーの不等式より、
等号成立は、より、a=b=c のときである。
ex2) a>0,b>0,m>0,n>0 とする。次の不等式を証明せよ。 m+n=1のとき、 |
証明) コーシーの不等式より、
m+n=1より、
ここで、ma+nb>0 、であるから、
等号成立は、より、a=bのときである。
ex3) x+y+z≧3 のとき、x2+y2+z2≧x+y+zを証明せよ。 |
証明) コーシーの不等式より、