札幌新川高等学校  中村文則

ってなあに

<先 生>前時までは、図形の性質の調べるツールである三種の神器のうち、
   @2点間の距離の公式(線分の長さ) A分点の公式
について説明しました。今日は3つめの
   B点と直線の距離の公式
を紹介しよう。このツールを使うと、三角形の面積なんかが簡単に求められるようになるんだ。
ところで点と直線の距離とはどういうことかというと、定点から定直線に引いた垂線の長さのことで、右図OHの長さのことをいう。
まず、右図の原点と直線の距離について考えてみよう。
 さて、いま直線y=mx+nがx軸の正の方向となす角をθとする。このときθと同じ角を図の中に見つけてごらん。

<まなぶ>はい、∠AOHです。

<先 生>そうだね。ここで三角形AOHは直角三角形だから、求めるOHの長さは三角比を考えると、
   OH=OAcosθ
で与えられます。OA=|n|ですから、OH=|n|cosθ 、これが求める垂線の長さということになります。ところで問題はこの の値はなんだろうか。

<生 徒> ………

<先 生>θの意味をよーく考えてごらん。

<まなぶ>えーと、θは直線とx軸のなす角だから、……。

<先 生>そう、角度が変わると直線の何が変わるのだろう。

<よしお>直線の傾きですか。

<先 生>その通り、では三角比で傾き(傾斜)を表すものはなんだったろう。

<かず子>タンジェントです。

<先 生>そうだね。だから、
   tanθ=m
なる関係式が得られるね。だいぶ、目標に近づいてきた。あとは、タンジェントをコサインで表現すればいいのだけれど、これは以前、三角比の学習でやったのだけれど、とうすればいい、まなぶ。

<まなぶ>えっ、あのう、忘れました。

<先 生>では、思い出してごらん。cos2θ+sin2θ=1をちょっといじればおしまいだ。

<まなぶ>そうか、タンジェントを作ればいいんだから、両辺をcos2θでわると、
   
となります。

<先 生>その通り。さあ、これから、
   
となるから、 ………(*) で与えられる。ずいぶんきれいな式で表現できたね。
 では、次に、(*)を利用して、点A(x1,y1)と直線y=mx+nとの距離を求めよう。これはカンタンだ。(*)を使えるように定点が原点になるように図形を平行移動すればいいだけだ。では、x軸、y軸方向にどれだけ平行移動させればいいだろう。

<よしお>はい、x軸方向に、−x1,y軸方向に−y1です。

<先 生>そうすると、直線の方程式は、
   y+y1=m(x+x1)+n すなわち、y=mx+mx1−y1+n
となる。以上より、点と直線の距離AHは、
     ……(**) となるね。

<まなぶ>先生、なんだか式が汚くなっちゃったように思えますけど。

<先 生>そうだね。ではこれをもう少し見やすくしてみようか。いままで、定直線は標準形であらわしたけど、今度は、一般形ax+by+c=0として表現してみよう。これを公式に適用するために、傾きとy切片を求めてごらん。

<よしお> ですから、です。

<先 生>ではこれを(**)に代入すると、
   
 どうだろう。点と直線の距離が、ずいぶんすっきりした公式でまとめられたね。

<あとがき>

 図形の性質を代数的に分析するツールとして、数学Uでは、
   @2点間の距離  A分点  B点と直線の距離
なる3つの公式が用意される。私は、これを3種の神器(3点セット)と呼んで生徒に紹介しているが、いつもBについては、教科書の指導法に疑問を感じている。なぜかというと、Bだけが公式を導くまでのプロセスが異常に長いのである。本来、ツール(道具)は簡単な作りで効果的なものが理想的なのだけれど、Bについては妙に重たく、疲れてしまうのである。どの教科書も、まず補題として、2直線の垂直条件を扱い、そのあと垂線を表す直線と定直線の交点を「代数的」に求め、交点と定点の2点間の距離の公式から導き出す。その過程をダイレクトに表現すると煩雑だから、比例式なんかを使って「上手く」誘導するが、かえってそれがあざとく思え、生徒を混乱させているように思えるのである。代数的解法ツールを代数的手法で求めることに違和感を覚えるのは私だけであろうか。

 そこで、上の小手技ではそこのところにこだわって、「有機的組立て」を重視してまとめてみた。有機的組立てとは、「数学T」から「数学U」へのスムーズな橋渡しのことである。点と直線の単元は、数学Tの三角比の後に、数学Uで扱われるが、手法でいえば、古来の幾何的に図形の性質を調べることから、図形をデカルト座標上に置き換え、代数的に処理するものである。したがって、指導の流れとしても三角比のもつ性質が座標上でどう表現されるかその結びつきから点と直線の関係を述べたほうがいいのではと思う。

 例えば、2直線の垂直条件については、直線とx軸の正の向きとがなす角をθとすると、垂直な直線とx軸とのなの角はθ+π/2であるから、
   
なる関係がえられる。これを代数的に解釈すると、2直線の傾きをそれぞれm,nとすると、
   
となるわけである。同様に点と直線の距離の公式は、y切片が±1で、傾きがtanθである直線と原点との距離dで考えると、
   
で与えられる。

 一般には、円x2+y2=p2の円周上の点、H(pcosθ,psinθ)における接線の方程式(右図)、
   xcosθ+ysinθ=p
を直線の正規方程式(Hesseの標準形)というが、このとき原点と直線との距離はOH=pであるから、P=sinθの場合が上述の三角比の公式にあたることがわかる。
 こういった背景を踏まえて、点と直線の距離の公式は導かれるべきではないだろうか。

 ところで、本文の説明は実はずいぶん乱暴なところがある。それは、直線の方程式を
   y=mx+n   (m>0,n>0)
と制限してしまっていることである。m=0,m<0,n=0,n<0は、意識的(作為的)に避けている。
 これは、公式をビジュアルなイメージとしてとらえたかったためである。

 厳密には、原点と直線の位置関係は左図のように、4つのcaseが考えられる。このそれぞれに対して直線が、x軸の正の方向となす角θを設定して距離を求めるわけである。しかし、直線をx軸対称、y軸対称しても原点と直線の距離は不変であるわけだから、1つの場合だけを導けば十分であろう。
 ここの部分の説明は、学校現場において厳密性の許容度が異なるように思えるが、多くの学校は、本文の説明で事足りるのではないだろうか。
 なお、本文を記述した後、現在出版されている教科書で、点と直線の距離を図形的に解釈しているものがないかと、ふと思い、調べてみたところ、近年出版された、K書店の説明が、直角三角形の相似比を利用したものであった。
徐々にではあるが、数学教材の視覚化は、浸透してきているのかもしれない。