札幌藻岩高等学校 中村文則

無限を引き寄せろ!!!

<先 生>関数の極限について,確認しよう.例えば,
   
について,のグラフと,g(x)=x+1のグラフの違いはなんだったろう.

<よしお>はい,x=1で定義されているかどうかの違いでしたよね.

<まなぶ>先生は,穴が空いているっていってたわ.

<まなぶ>だから,
   
と変形することは,空いてる穴を埋めるための変形だともいってた.

<先 生> みんなは知らず知らずのうちに,約分することでグラフに空いていた穴を埋めているわけだ.
 y=f(x)は,x=1で不連続な(というより定義されていない)関数だから,x=1に近づくことはできるけど,x=1の値は存在しない.例えれば,歩いている道の途中に水溜りがあるみたいなものだ.その水溜りの真中に行くには,水溜りを土で埋めてやればいいわけで,埋められた関数がこの場合,x=1で連続な関数y=g(x)ってことになる.あとは,目的の場所にいき,g(1)を求めればいい. すなわち
   
となる.
 このように,分数関数の極限を求めるには,たとえば約分によって代替の連続な関数を用意する方法が考えられる. では,このグラフの穴埋めによる方法を演習で確認してみようか.

ex) 次の極限値を求めよ.
 (1)   (2)   (3)

<かず子> まず(1)ね.分母をみると,x=0とx=1の2個所に穴が空いてるわ.

<よしお>でも,x→0だから,x=0の穴埋めをすれば十分.そのためには,
   
 これで穴が埋まった.そして,x→0とすれば,穴埋めした関数にx=0を代入してやると,となります.

<かず子>では(2)ね.でもこれは,どこに穴が空いているのかしら.一般的にはこの種の問題は,「分母の有理化」ですよね.
   
 約分みたいなことしてるから,やっぱり穴埋めなのかしら.
 先生,今日のテーマとこの問題は合わないのではないでしょうか.

<まなぶ>うーん,先生のことだからきっと何か企みがある.僕が思うに,たぶん無限の先に空いている穴の穴埋めってことではないだろうか.

<先 生>相変わらずまなぶは発想だけは鋭いところを突いてるな.じゃあ,ちょっとこの関数に魔法を掛けてみよう.とおいてごらん.

<まなぶ>あのね,先生.ガキじゃないんだから.チチンプイプイでもないでしょう.
 しょうがない.じゃあ,ちょっと付きあうか.
   
となります.

<先 生>では,x→∞とすると,tはどんな値に近づくだろうか.

<かず子>で分母が大きくなっていくから,もちろん,t→∞ですね.

<よしお>正確にいうと,t→+0ですよね.

<先 生>そう,右極限になるね.そこで,先ほどの関数でtを0に近づけると……,

<かず子>あっ,分母が0になる.t=0のところに穴が空いたわ.分母を有理化して,穴埋めができそうね.
   

<先 生>人間は無限の先は見通せるほど器用な生き物ではない.だから,無限に行こうとしているものを手元に引き戻すことによって綻びを繕う工夫をすればいいんだ.それが,という呪文ということだ.これを使うと(3)の問題も随分見通しがよくなる.

<まなぶ>呪文ですか.今日の先生,ちょっと幼稚っぽいですよ.(3)って確か,根号計算の引っ掛け問題でしたよね.
 で,今の場合,x→−∞だから,x<0より,となることを利用するんでしょ.

<よしお>まなぶ,そうやらないで先生は呪文をかけて手元に引き寄せろっていっているのだと思うよ.そのためには をどう置き換えるかってことだね.

<かず子>でしょ.こう置くと,x→−∞にすると,t→0となるわ.

<まなぶ>まてよ,かず子.でもその場合の近づき方は,x<0だから,t→-0となってやっぱり先ほどの絶対値の問題が残ってくるよ.

<かず子>そうね,確かに根号との絡みで扱いにくいわね,だとすると……,ね,そうするとt→+0となるわ.

<先 生>いいぞ,それじゃ,計算してごらん.

<かず子>はい,やってみます.
   
 やった.t=0の穴か埋まったわ.あとは,t→+0とすると,関数は-1に収束するわ.

<先 生>だいぶ,穴埋めも慣れてきたね.それではいよいよ今日の本題だ.

ex2) 次の等式が成り立つように,定数a,bの値を定めよ.
 (1)
 (2)
 (3)

<まなぶ>何だ.さっきの問題で終わりじゃなかったの,がっかり.えーっと,今度は,極限値はもう分かっているんですね.

<先 生>そう,だから穴が埋まるように,a,bを求め,関数を定めよということだ.

<よしお>確か,(分母)→0 ならば,(分子)→0 となることを利用するんだったよね.

<先 生>ただし,この方法は極限が定まっている場合にしか使えないから注意しよう.
   
ということだ.
 では問題を解いてみなさい.

<よしお>(1)ですが,分母は,だから,です.
   ∴1+a+b=0
これから,
   
 これで,穴が埋まった関数になりました.
 よって,だから,
   a=1、b=-2
が得られます.またこのa,bに対して逆も明らかに成立しています.

<まなぶ>でもなんか,かったるいな.次のように考えたらどうだろうか.
 この場合の分子はx2+ax+bなる2次式であることは確定してるわけだから,
   (分子)=(x-1)(x+c)
と置いてしまうと,
   
 これからからc=2
 よって,x2+ax+b=(x-1)(x+2)=x2+x-2
となるから,係数を比較して,a=1、b=-2.どうだろう.

<かず子>なるほどね.さすが,ものぐさの権化,まなぶね.

<まなぶ>そういわれるの,そんなに嫌いじゃないな.でも(2)はそうはうまくいかないよな.

<かず子>じゃあ,私がやってあげるわ.
 分母の極限は,だから,
 これから,3a-6=0 ∴a=2 よって,
   
 これで,穴埋め完了.さてx→2とすると,
 以上より,となります.

<先 生>では,いよいよラストの問題だ.どうする.

<よしお>先生の好きな呪文ですよね.0に収束するようにするために,
   とおくと,x→-∞のとき,t→+0
となります.これを代入すると,
   

<かず子>そして,この後は分子の有理化ですよね.

<まなぶ>ちょいまち,かず子,ものぐさは駄目だよ.
   (分母)→0 だろ.だから,(分子)→0
 これ使うんでしょ,先生,周到で陰険なトラップで,僕たちを引っ掛けようとしたでしょ.

<かず子>失礼ね,でも,なるほど.分母があまりに簡単な式だから見逃してしまったわ.それで穴埋めをするわけか.
   
 よって,1-a=0 ∴a=1
 このとき,
   
 どうにか,穴埋めできました.最後に,t→+0とすると,
   
 ここで,極限値が1であればいいから,
   b-1=1
 ∴ b=2となります.

<先 生>よくできたね.実は,最後の問題の解答は,かず子が解いたような方法ではなく,ごく単純に無限の先をみることで一般には求めるんだ.でもほんのちょっとまじないをかけてやると,無限の先が途端,自分の手元に引き寄せられてしまう.遠くに離れていた存在が一番近しい存在になっていたりする.しかし,それは逆もいえることになる.近しい存在だと思っていても,ちょっとした言葉で遠い存在になってしまうこともある.
 注意しなきゃいけないよな.まなぶ.

<まなぶ>最後の言葉,ちょっと意味深じゃない.ひょっとしたら,先生,家庭でうまくいってないんじゃないの.


あとがき

ex2の(3)は,曲線y=f(x)が負の無限遠点ではどんな直線に近づいていくかというようにみることができます.すなわち,求める直線は,の漸近線と解釈できます.
 一般に関数f(x)の両座標軸に平行でない漸近線y=mx+nは,
   
で与えられますから,
   
   
 よって漸近線の一つはy=-x-1であり,
   
   
であることより,2式を比較して,a=1,b=2が得られます.
 曲線の漸近線を考えることができるのは,f(x)の次数は1次とみなせることより,曲線は無限のorderが同位である直線に近似できるからです.したがって,この問題の解答は,本文でも述べているように,次のように無限大のorderを比較して求めることもできます.
解) より,
x=-tとおくと,x→-∞のとき,t→∞となります.すなわち,
   (与式)=
 ここで,a≦0であれば,与式は明らかに発散しますから,a>0となります.これから,
   (与式)=  ……(*)
与式は収束するから,分子の2次の項は0となり,
   1-a2=0 a>0より,a=1
 よって,
   (与式)=
 以上より,b-1=1よりb=2
 a=1,b=2のとき,逆も明らかに成り立つ   (終)

 x2よりもx3の方が無限大になるスピードが速いために上の解答の(*)の比較ができます.このように,無限の先の関数の大きさを比較するには,無限大のorder(序列)を利用します.

0<α<βのとき, log x≪xα≪xβ≪ex (x→∞)

 f(x)≪g(x)であるとき,g(x)はf(x)より高位の無限大となります.これから
 @
 A
が成立するのは明らかです.上述の問題の解答も,0<α<β→xα≪xβを利用したことになります.
 しかし,このex2)(3)の解答は,a,bの符号の判断から始まり,次に分子・分母のorderを比較したりと,いろいろやった挙句,最後には,最後にはあっさりと
   
とし,0に引き寄せて極限を求めてしまいます.無限という曖昧模糊なものへ飛ばしてしまうより,一番身近な0に近づけ無限小の評価をした方が分かりやすくなるのは当たり前のことでしょう.
 そこで,この無限小のorderについて以下,少し触れてみましょう.
 例えば,
 B
 これは,0の近傍では すなわちsin x≒xであり,関数y=sin xのグラフが原点の近くで一次の直線y=xに近似できることを表しています.また,f(x)=sin xとすれば,
 
ですから,直線y=xは,y=f(x)の接線であり,関数は接点の近傍では接線で近似できるという当たり前のことを示しています.

《閑話休題》
 したがって,B式はx=0での微分係数を表していると考えられます.ところが,sin xの導関数を求めるためには,Bの極限を利用しますから,微分係数とみなすことは循環論法ともとれます.しかしBの極限を求めるためには円の面積比較をしますが,その円の面積を求めるために,内接多角形の面積の極限を求め,そこにまたBの極限が使われます.したがってこれもまた循環論法となります.結局このへんのところは深入りはしないほうがいいようです.

 さて,同様に,
 C
は,x≒0のとき,tan x≒xであり,y=tan xがx=0の近傍では直線y=xに近似できることを示します.
 D
 これも,x≒0で指数関数y=exが,y=x+1(これも接線)に一次近似できることを意味します.このことはネイピア数の値にも関わってきます.y=exのグラフを書くには,まず曲線のx=0上の点(0,1)(y切片)における傾き1の接線を書き,その上に指数関数を乗せますが,
   y切片の接線の傾きが1になるときの指数関数y=axの底aの値がa=e
であるとした方が,の極限を調べるよりも視覚的にも分かりやすいといえます.
 また,f(x)=exの逆関数を考えれば,y=log xについては,
 E
であり,さらにx軸方向へ-1平行移動することで,
 F
が得られます.このようにx=0での1次近似は,結果として関数の接線を表します.しかしy=cos xについては,x=0での接線はy=1ですから,
 G
となり他とその値を異にします(同位の無限小ではない).
 そこで,余弦関数の場合は,直線ではなく,曲線(放物線)に2次近似させることを考えます.x=0の近くでの概形を放物線に対応させ,そのy切片,グラフの開きを思い浮かべれば容易にの関係が予想され,次の極限が得られます.
 H

 ところで,このような整関数の近似は,ロルの定理を,平均値の定理,Taylor展開,さらにはMaclaurin展開へと拡張することで示されます.


《Maclaurin展開》
関数f(x)が0を含む開区間でn回微分可能(Cn級関数)であれば,
   

 ここで,剰余項は,f(x)との誤差を意味しますが,
   
であれば,関数f(x)は,Maclaurin級数の和
   
として表せます.これを適当なところで切り出せば,f(x)をxの多項式として近似することができます.
 たとえば,f(x)=cos xは,
   
と展開できますが,2次まで切り出したものが,I式であるわけです.
 いくつか例を示します.
   
   
   
   
   
 これを利用すれば,極限値が容易に見通せるようになります.

ex) 次の極限を求めよ.
 (1)   (2)   (3)

予想)
 (1)
 (2)
 (3)

 不定形の極限を求めるには,非合法手段としてロピタルの定理があります.しかし,ロピタルの定理を受験で使うことには百家争鳴のあるところであり,禁じ手としている大学もあるやにきいています.そのロピタルの定理をもってしても上の3題を解くことは難しいでしょう.
 そして,もちろんのこと上述のような解答は,Maclaurin展開での誤差の評価を無視しているわけですから,まったくもって論外といえます.近似による解法で得られた極限は誤りではないけど予想に過ぎないのです.
 そこで,この近似の考え方をすっきり定型化し,求めることができるようにするために,無限小のorderを導入してみましょう.

のとき,f(x)はg(x)に比べて高位の無限小(orderが高い)といい,
   f(x)=o(g(x)) (x→a)
と表す

 すなわち,f(x)の方がg(x)より無限小になるスピードが速いということです.
 この無限小の序列(order)を表す記号oをランダウのオーといいます.(E.Landau)
例えば,
   
ですから,orderで表すと,
   f(x)-f(a)-(x-a)f'(a)=o(x-a)  (x→a)
となります.
 ところで,ここで,この式の等号は,左辺の関数を右辺の式で評価するということであり,一般の等号の性質は必ずしも成立するわけではありません.例えば,
   
ですから,o(x2)=o(x)となりますが,逆にo(x)=o(x2)が必ずしも成立しないことは明らかでしょう.
 このランダウのオーの性質の代表的なものを,まとめておきます.

x→0であれば,
 (1) xmo(xn)=o(xm+n)   (2) o(xm)o(xn)=o(xm+n) (3) m≦n→o(xm)+o(xn)=o(xm)

 (1)は
   f(x)=o(xn)とおくと,
 よって,
   ∴ xmf(x)=o(xm+n)
(2),(3)についても同様に,容易に示されます.
特に(3)は,
   m=nのとき o(xm)+o(xm)=o(xm)
となります.

※ランダウのオーに関するの詳しいことは,
   「入門微分積分」三宅敏恒著 (培風館)
   「漸近展開に関するメモ」 稲葉芳成(京都府立烏羽高校)
をご覧ください
 このorderを使うと,(Maclaurin)展開は次にように表現できます.

f(x)が を含む開区間において,微分可能であるならば,
   

証明)
   
 ここで,f(x)は微分可能よりx=0で連続であるから,
   
 よって,

 このようなorderによるMaclaurin展開を,漸近展開といいます.
 そして漸近展開を使うことで関数の極限は,曖昧であった等式の部分が整理されて極限がすっきりと求められます.  前述のexで確認してみましょう.

 <漸近展開による解>
 (1)
 (2) ex=1+x+o(x)より,ex2=1+x2+o(x2)
 よって,
   
 (3) sin xを1次まで展開して,sin x=x+o(x)
 3次まで展開して,
 これから,
   

どの問題も,であることを理解しておけば,単純な展開計算で極限が与えられます.
 しかし,この方法は,Maclaurin展開における剰余項部分の誤差を,無視しているわけではありませんが,一様に0に収束させることで極限を求めています.近似値の誤差評価はできないのです. また,何次の項まで漸近展開をすればいいかということも,慣れないと戸惑うかもしれません.
 このように,Maclaurin展開,Maclaurin級数での近似,ロピタルの定理,そしてランダウのオーによる漸近展開,いずれも無限小を調べるアイテムですが,適宜,アイテムを換えて使用すればいいわけです.
 いずれにしても,無限大の判定に比べて,目に見える(本当は見えないのですが)分だけ,無限小の方がずっと扱いやすいといえるのです.
 ところで,本文中のまなぶとかず子ですが,今回,「ものぐさ」というキーワードで二人の関係に少しひびが入ったかもしれません.言葉の捉え方によっては受け取る印象がずいぶん変わるものです.だらしがないまなぶと,潔癖であるかず子がイメージする「ものぐさ」という言葉はそれこそ,無限小と無限大ほどの開きがあるのかもしれません.
 波乱含みで今年度の幕が上がりました.