この文の中の「受験数学」について、SEGの古川昭夫氏が「これは教え方だけの問題ではないのか。受験数学というものが本当にあるのか?あるとしたら、それを作ったのは誰?」という鋭く的を射た問いかけを発しました。それからいろいろと論争がありました。この中で、岡山大付属中の川上公一氏の次の意見を特に明記しておきます。「ここから授業が始まると思う」。中村が問いかけたのも、「そこで終わるのは問題だ」という意味で、まさしく同じ意見なのです。
これに関連して、ちょっと気になるのは、大学人の数学の内容に触れない「受験数学」への非難です(例えば本誌9月号の巻頭言)。受験の数学は、高校での数学の理解を問うもので、数学の内容に問題がなければ、これがおかしいのは、試験のしかたが悪いことになるでしょう。それを出題している側の「受験数学」への非難は論理的に成り立たないと思います。
一番の問題は、「受験数学」という名前によって、「そんなものはやらなくとも良い」として、高校生を数学から遠ざけてしまうことです。
とかく教育問題は、リアリティのない議論が横行しています。その最大の原因は、責任の転嫁です。
**)しかし,朝日新聞(6月23日付)での3割削減に肯定的ともとれるインタビュー記事との落差はいまだに理解できない。
ようやく、本題に戻りました。この問題について私が最初に考えたのは、センター試験問題の解答を書いているときでした。2つの円の半径が等しいときの、2円の対称線の直線の式を求める問題です。例えば、
がそうです。これもB−Cで計算した
6x+8y-25=0
となります。
もちろん、面倒な計算をすれば、B−Cで出る理由はつけられるので、そのままにしていました。
その後、5年前に開かれた筑波大の公開講座「数学を深く楽しく学ぼう」(責任者吉田稔氏)に参加して、筑波大付属高校の利根川誠氏による方程式の解と作図の講義を中高生と一緒に聴く機会がありました。この講義では、かなり代数的に作図を扱っていましたが、この講義で提出された問題の別解を考えているうちに、 B−Cの意味が見えてきました。
つまり、さきほどの問題はBとCの右辺に同じ数を加えて、二円の半径を同時に大きくすれば2交点を通る直線の式で、それがB−Cの計算で良かった理由だったのです。
右辺に8を加えて、円の半径を3にしたとき |
こんどは交わるようにします(図参照)。そうすると、
@−A=@´−A´ となっています。
この直線上の点Pは(円の外では)、「@´とA´へPから接線を引いたときに、Pからそれぞれの接点までの距離が等しい」という条件を満たす点でもあります。つまり、図では、PT=PSとなっています。
これは@とAの関係では、PU=PVも示せます。つまり、@−Aから出てくる直線の式は、「@とAへPから接線を引いたときに、Pからそれぞれの接点までの距離が等しい」ということなのです。これが、二円がたまたま交わったときには、交点を通る直線になっているだけのことだというわけです。
三平方の定理より
PT2=PO2+(1+r2)
PS2=PA2+(32+r2)
一方、方べきの定理から
PT2=PB・PC=PS2
∴ PO2+(1+r2)=PA2+(32+r2)
∴ PO2+1=PA2+32
∴ PU2=PV2
2円の差から得られる直線6x+8y-17=0は、このように空間的には2曲線の交わりを表す曲線のxy平面への射影とみることで、説明がつけられます。
[fig A] | [fig B] |
[fig C] |
「2円が交わっていなくとも、2円の方程式の差をとると、直線の方程式が得られるが、この直線は何を意味するか。」生徒の単純な疑問が始まりです。得られた直線を原式の円に代入すると、方程式は虚数解となりますから、直線上の点 は虚数の組です。存在しない直線の存在が要求されたわけです。数学的(代数的)にはいろいろな説明がつけられますが、教育的にはどう解釈されるべきでしょう。
次のようなアプローチが報告されました。
交わらない2円を、空間内の2球面とxy平面との交線と考えます。
f(x,y,z)=x2+y2+z2-2az-1
g(x,y,z)=x2+y2-6x-8y-2az+16
このとき、f(x,y,z)=0、g(x,y,z)=0 で表される2球面において、a→∞とすると、その交わりを表している円の半径は増加し、円弧はxy平面に近づき、直線6x+8y-17=0に近似していきます。
球面という身近な空間素材から、イメージが膨らみ、円弧が直線になってxy平面上に落ちていく様子が連想できればと思います。[fig D]
[fig D] |
簡単のために2つの円を次のようにします。
C1:x2+y2=1 ………G
C2:(x-3)2+y2=1 ………H
ここで、x∈R、y∈Cとし、
y=u+vi (u,v∈R)
とおきます。Gに代入し整理すると、
(x2+u2-v2)+2uvi=1
∴x2+u2-v2=1 (一葉双曲面)
uv=0 (二平面)
同様にyをHに代入すると
(x-3)2+u2-v2=1(一葉双曲面)
uv=0 (二平面)
が得られます。
これから、u=0(xy平面)では、
x2+v2=1, (x-3)2-v2=1 (二双曲線)
また、v=0(xy実平面)では、
x2+u2=1, (x-3)2+u2=1 (二円)
を表し、これらの曲面と平面を同時に描画したのが、[fig E]となります。平面v=0(xy実平面)ではもともとの2円C1とC2は交わっていませんが、yが虚数であるとき、xv平面上では双曲線が広がり、その交線の影が、2円の差として得られる平面x=2/3の一部として、浮かび上がってくることがわかります。[fig E]
[fig E] |
こういった教育学的側面からのアプローチが高校から大学の数学の架け橋(これを受験数学というのでしょうか)を面白いものとしていくのだと思います。今回の場合、その討論の場を提供したのはネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」やインターネット上の仮想会議(バーチャルコンファレンス)でした。インターネットを通したオンラインの数学アイデアの相乗りは、閉塞的傾向にある数学教育をビジュアルに変革していくのかもしれません。
*このレポートは「1999年 数学セミナー 2月号」に掲載されたものを,ホームページように作成しなおしたものです。