札幌藻岩高校 中村 文則

【材 料】 本時で使用する素材

西洋史、ゴム紐、適当な長さの鉛筆、指示棒(できれば伸び縮みするもの)、マグネット

【下ごしらえ】

西洋紙から楕円の形を切り抜いておく。

【調 理】

《基本編1》  〜UFOから最大値・最小値をメイクる

《基本編2》  〜UFOから二次関数の最大値・最小値をメイクる

《応用編1》  〜UFOに乗って最大・最小をメイクる

《応用編2》  〜グラフからUFOを眺めて最大・最小をメイクる

ex2) 放物線 y=-x2+2ax (1≦x≦3)  の最大値・最小値を求めよ。


《応用編3》  〜UFOからビームを発射して最大・最小をメイクる

ex3) 放物線 y=-x2+4x (0≦x≦a) の最大値・最小値を求めよ。

まとめ

 放物線の最大・最小問題は、間違いなくこの単元では最小の理解しか得られない最大の難所である。
 指導を困難にする要因のひとつは「数と式」から始まった基本的計算指導が、グラフ単元で動的、視覚的に転換することへの生徒の戸惑いもあるが、「最大値・最小値」の「値の捉え」にも問題があるのではないかと思う。
 最大値・最小値はもちろん関数の値の最大・最小であるが、その値を判断するためにはまずその「位置」を押さえる必要がある。「最大点・最小点」のことである。しかしこの言葉がなぜか教科書では登場してこない。数Uにおいても極値の説明はあるが極点は触れられない。場所が特定できてこそ、その高さを調べる価値が生まれるのではないだろうか。そしてそれは理解しているがその言葉を使わない(使えない)指導側と、最大値・最小値だけで、位置の意味も広義に含めてしまっている生徒とのギャップとなってくる。
   「最大値はひとつだが、最大となる x の値はひとつとは限らない」
なんて説明は、生徒には
   「最大値はひとつだが、最大となる値はひとつとは限らない」
と聞こえていないだろうか。矛盾する表現である。だが、最大点という言葉が使えれば、
   「最大値はひとつだが、最大点はひとつとは限らない」
すっきりまとまるのである。
 そこで、今回の「メイクる」では、最大点・最小点の位置をどう視覚的に理解するかを追求してみた。2次関数のグラフでは、最大点・最小点は、区間の両端の関数値、頂点のいずれかに限定されるから、単純にその3点の関数値の大きさを比較すればもちろん求められる。だがこれは、最大点⇒最大値への思考のプロセスを省いた最悪の方法であろう。
 右端点、左端点、頂点を結び、三角形を作り、その3頂点の位置から判断するという方法もある。だが、放物線の頂点は必ずしも範囲に含まれないこともあるわけだから、この方法も限界がある。
 そういった試行錯誤の結果、以前、「小手技シリーズ」のなかで「放物線の最大・最小」を取り上げ、最大・最小のバトンタッチ点を七・五・三シェーマ図として提示したことがある。コンパクトにまとめるにはこの方法がベターであると思うが、ところが最近はこの方法でも理解を得ることが難しくなってきた。
 それは義務教育における数学単元の内容の削減が確実に生徒の能力低下(学力低下ではない、要求学力がそうなのだから、そのレベルでは問題ないということである)を引き起こしたためである。数学を学んだあとの個々人が練る時間の不足は、例えば、イメージ(感覚)として、グラフの変化の様子を創造することができない生徒を激増させた。
 今回の「メイクる」は、そのイメージの不足、欠落を応急的に補うことができないかと考えてみた。
 道具は1本の棒(割り箸、鉛筆、何でもよい)。区間を x軸方向へスライドさせると、生徒はその変化に合わせて値の変化も眼で追おうとする。右端、左端、頂点を同時にである。そこで区間自体を棒と考え、スーッと上下させてみたら、途端、視線の動きもスーッと滑らかになった。生徒の視線は、右端、左端、頂点を追うのではなく、棒の動きを見ているだけになり、グラフとの接触を容易に判断できるようになった。
 ただ、応用編3はちょっと無理があったようだ。UFOだからビームぐらい発射するだろうと思って作ったのだが、ビームの伸び方がいまいち分かり辛いかもしれない。シンプルにゴム紐を伸ばした方がいいようだ。UFOによる方法では、区間変動の場合の方が分かりやすくなってしまったわけだから、不思議なものである。
 なお、応用編1の最大・最小において、UFOの左端点の x座標が a ということから、左端点の軌跡を考えると a を変数とした最大値・最小値のグラフが自然と浮かび上がることになる。これもまたUFOの副産物である。