量−写像−数

〜 抽象数学とは一味違う数の理論(序の部)〜

双葉高等学校 大山 斉

【1】はじめに

 数とは何か。或は数の理論とはどのようにして創り上げられたのか? このような問には既に19世紀中に署名な数学者達によって詳細に研究され理論化が完成されているといってよいのであろう。例えばデデキントの著作とか、ランダウの解析学に関する専門書の中でこのような理論展開を見ることができる。また日本においても高木貞治著"数の概念"で数の理論とはどのようなものなのかについて明確に述べられている。

 これらについて考えるとき"数の理論"とは完成された理論であり、新しい意味での"数の理論"などは必要でもないし、また新しい理論を創り上げる余地もないかのように見えてくる。

 ところで、20世紀中頃からブルバキと名のる数学者のグループが精力的に数学の諸分野にわたっての著作を発表し続けるようになった。彼等の膨大な著作集"数学原論"の中には、集合、写像から始まって数の理論が展開されている。その中で自然数論の部分だけでも、ブルバキと高木貞治の著作には大きな違いがある。専門家の解説を読むとブルバキの自然数論は基数論的自然数論とよばれ、高木貞治著での自然数論は序数論的自然数論とよばれるもので二つの自然数論を代表するものであるという。このように数の理論の中でも、それぞれの違いと特徴を持った理論があると言ってよいのだが、これらの超有名な理論はいずれも非常に抽象的であり、かつ現実の量との関連は捨象された中で創り上げられている。

 1970年代に入ってから量と数との関連を重視し、量の公理を前提として量空間における変換として数の理論を創り上げる――このような理論が発表された。

 南雲道夫博士によって提唱された理論と、田村二郎氏による量と数の理論とである。これらの理論は物理学や化学その他の諸科学で明らかにされたさまざまな量についての性質をふまえて数の理論を創り上げてゆこうという一致した考えのもとに展開されている。


【2】集合、写像、量

 どのような理論でもその理論を推し准めてゆく場合の前提を明確にしておく必要がある。

 田村理論ではまず集合と写像について基本的な概念を確認することから始められている。集合についての包含関係とか、要素と集合の関係、部分集合、補集合、等しい集合等の基本的性質は既知のものとして考えている。次に写像、等しい写像、写像の和、写像の合成、写像の合成においては結合則は成り立つが、交換則はは成り立たない、逆写像はどのような場合に存在するか、写像において原像と像の存在する集合が同じ場合に写像を変換と呼ぶこと、等を確認しておきたい。

 これらはすべて"数"とは関係のない概念なので、あらかじめ集合や写像について議論した結果をふまえて"数"の理論を作ったとしてもいわゆる循環論法におちいるおそれはないのである。われわれの日常生活の中ではさまざまな量が現れている。また物理学等の経験科学のほとんどはそれぞれ独自の量を取り扱っている。

 そこで量について考察しつつ"数"の理論を創り上げようとするとき種々の困難がつきまとうことになる。この困難点をのりこえながら数の理論を展開してゆくためには、量は経験諸科学が明らかにしたものだけを考察してゆくことにすればよい。そしてその量の基本性質を要約し、量の概念を明確に定義してから、これに基づいて厳密な理論を展開してゆくとよいのである。


【3】ユークリッド式量と自然数

 例えば2本の棒の長さを比べてみよう。どちらが長いかを比べるときメジャーは無くとも目的は達せられる。また2人の人物の身長を比べてみよう。どちらが身長が大きいかはメジャーで測らなくともわかる筈である。このような事実は何を示すものであろうか。棒の長さとか、身長とかはメジャーで測ることによってその存在が確認されるというものではないということを示しているのではなかろうか。つまり測る前から、測るという作業とは関係なしに"長さ"という量は存在していると考えられる。

 そこであらゆる長さを全部集めることを考えてみよう。ここに1種の集合ができるのでこれをEと表わすことにしよう。集合Eの元は"長さ"であるがこれは無数に存在する。これらをA、B、C、・・・等と表わすことにしよう。(A、B、C・・・という長さはメジャーで測定されている必要はない。)理論の前提としての"長さ"とよばれる量の基本性質を明らかにしておこう。田村理論では次の五つの性質を"長さの公理"として設定している。

  公理T (長さの大小に関する公理)
  公理U (長さの加法に開する公理)
  公理V (長さの等分に関する公理)
  公理W (アルキメデスの原理とよばれる公理)
  公理X (長さの連続性に関する公理)

<公理1>
 (i)A,B∈E ならば A<B、A=B、A>B のうち、一つだけ成り立つ。
 (A)A<B、B<C ならば A<Cである。

 長さAの一端に長さBの一端を重ならないようにつないで一つの長さを作る。これを2つの長さAとBの和といいA+Bと表わす。

<公理U>A、B∈E ならばAにBを加えることができて、その結果としてA+B∈Eが定まる。
 A、B、C∈Eに対して
  (@)A+B=B+A
  (A)(A+B)+C=A+(B+C)
  (B)A+B>A が常に成り立つ。また
  (C)A<BならぱA+U=BとなるようなU∈Eがただ一つ存在する。
    (C)から定まるUをBとAの差といい、B−Aで表わす。
     このとき(B−A)+A=B、(B+A)−A=Bが成り立つ

 さて<公理I>〜<公理X>の基本性質を持つ量は長さだけでなく、面積、体積、時間、重さ、熱量、等がある。このような量をユークリッド式量といい、そのときの集合Eをユークリッド式量空間とよぶ。

 ではユークリッド式量空間Eにおける変換について考えてみよう。

 A∈Eのとき A+A∈E、従ってA+A+A∈E・・・である。
  f;A → A+A   (f(A)=A+A)
  g;A → A+A+A (g(A)=A+A+A)
     ・・・・・・
のような変換の集合について考えよう。f(A)=A+Aなる変換fを今後は2と表わし、g(A)=A+A+Aなる変換gを3と表わすことにしよう。よって2(A)=A+A、3(A)=A+A+A となるが、このような2、3、・・・を倍変換とよび、倍変換による像のA+A、A+A+A・・・等を2A、3A、・・・等と表わす。従ってf(A)=2(A)=2A、g(A)=3(A)=3A・・・である。このようにして一般に倍変換 n;A → A+A+A+…+A が定められ、n(A)=nA と表わすことができるのである。

 また恒等変換e;A → A、(e(A)=A)に対して、このeを1と表わす。つまり1(A)=Aである。以上のようにして定められた倍変換1、2、3、・・・、n、・・・を自然数と呼ぶのである。

 このように定義された自然数についてその性質の一端を調べてみよう。1(A)=A、2(A)=2A=A+A、であるから、1;A → A、2;A → A+Aである。

 従って1+2; A → A+(A+A)、また2+1;A → (A+A)+A。よつて変換1+2と変換2+1とは等しい。一般にa、bを変換としての自然数とするときa+b=b+aである。次に2;A → A+Aと3;A → A+A+Aとの合成について考えてみよう。2(A)=A+A=Bとする。

 次に3(B)=B+B+B=(A+A)+(A+A)+(A+A)=6Aとなる。よつて3(B)=3(2(A))=32(A)=6A、また3(A)=A+A+A=Cとする。

 次に2(C)=C+C=(A+A+A)+(A+A+A)=6A、∴2(C)=2(3(A))=23(A)=6A。従って変換32と23とは等しい。このようにして、合成変換abとbaとが等しい変換であることがわかる。写像一般としてはab≠baであるが自然数としての変換はab=b aが成り立つ。公理V、公理W、より有理数としての変換、更には公理Xより実数としての倍変換を導き有理数、実数の諸性質を導くことができるが詳細は次の機会に見てゆくこととしたい。

 再び長さについて考えてみよう。空間の中の2点P、QについてはPとQが異なる点であればPQ間の距離が定まる。ところでP、Qが一致した場合は距離はないのだか,これも広い意味での"長さ"と考えて、ゼロの長さ(ゼロ量)と名づけ0と表わすことにしよう。ユークリッド式量空間Eにはこのような0は存在しないのでEに0をつけ加えた拡大量空間をとしよう。そしてA∈としてA→0となる変換を数0と名づける。

 つまり0;A → 0(0(A)∈0)である。

 またn;0 → 0+0+・・・+0であるからn(0)=n0=0である。


【4】対称量と対称量空間

 空間内での物体の移動について考えてみたい。この"移動"については二つの考え方がある。一つは出発点と到達点を明示し"点Pから点Qまで"というような示し方である。もう一つは出発点はどこでもよいことにして"この方向にこれだけ"移動したという示し方である。ところで方向という言葉も日常生活では二通りに用いられている。一つは"南西の方向"とか"北東の方向"というように向きが指定されている場合で、もう一つは"東西の方向""南北の方向"というように向きは指定されていない場合とである。今後"方向"というときは向きまで指定された意味で用いることにし、"移動"は"この方向にこれだけ"の意味で用いることにしよう。このとき移動は有向線分で示すことができるし、記号では ・・・等で表わすことにしよう。

 今 の方向を△で表わし、 の長さはAとする。このとき =(△、A)と書く。点Pから点Qへの移動というときP、Qが異なるときは で示すことができるが、P、Qが一致する場合は位置を変えないことを示すか、運動の結果としてもとの位置にもどることを示すのでこれも一つの移動とみなし"ゼロ移動"と呼び で表わすことにしよう。一つの方向△に対しては必ずその逆の方向が考えられる。これを△'と表わすことにしよう。また移動 と逆の方向をもち、同じ大きさをもつ移動をの逆移動とよびで表わす。このとき =(△,A),=(△’,A)である。このような移動という量は、ユークリッド式量とは異なる性質を持っている。それは大きさのほかに方向をもつ量だからであるが、著しい特微は、たがいに逆の方向が対になって現れ、大きさが等しく逆の方向をもつ二量はたがいに消し合うことにある。田村二郎氏はこのような移動を対称量と名づけ、移動の集合を対称量空間とよんでいる。対称量空間をなすものは他にも、平面図形の回転、時刻の変化、速度、加速度、力、電場、磁場、等があげられよう。これらの、どの対称量空間にも共通の基本性質を要約すれぱ、それは対称量空間の公理として設定してよいであろう。

《対称量空間の公理》

<公理A> 対称量空間Sに属する任意の二つの量 から和 ∈Sがただ一つ定まる。
また、 に対して、
(@)   (A)()++(
がつねに成り立つ。更にゼロ量とよばれる があって、どんな ∈Sに対しても(B) が成り立つ。

<公理B>対称量空間Sからゼロ量を除いた残りは、方向集合Dと一つのユークリッド式量空間Eとの直積D×E={(△、A)|△∈D、A∈E}によって表わされる。ここで同方向の二量については
(C) (△、A)+(△、B)=(△、A+B)が成り立つ。
また任意の方向△∈Dに対して、△の逆方向△'∈Dが定まり
(D) (△,A)+(△',A)= がつねに成り立つ。

 では一つの直線上で行なわれる移動を考えてその集合をSとしよう。この場合の移動には、方向は二つしかない。そしてたがいに逆である。この場合の方向集合をDとするとD={△1,△2}、△1'=△2,かつ△'2=△1である。このようなSをl次元対称量空間と呼ぶ。1次元対称量空間Sにおける変換について考えてみよう。∈S とするとき  →  のような変換を−1と定義する。

 つまり(−1)( )=  である。このとき (−1) =( )'= となる。

 よって(−1)()=(−1)(−1)()= ,1()= あるから(−1)(−1)=1となる。つまり逆変換をくり返すと恒等変換となることから(−1)(−1)=1が示されたのである。対称量空間における変換によって負数の性質を導き出すことができる。変換の和は数の加法ヘ、変換の合成は数の乗法へと考えてゆくのである。


【5】回転による変換

 平面上での図形の回転について考えてみたい。量としての回転には二つの向きがあり、二つの回転は大きさが等しく向きが逆であるとき、これらの回転はたがいに消し合う。回転の大きさは円の半径と円周上の長さとの比で決めることができるが、これが弧度法の考えである。またこれは円の半径Rに対応して、向きをも考えた円周上の長さを決める変換でもある。今後は回転変換と呼ぶことにしよう。

 そして回転変換θにより方向△1が方向△2に移されるとき△2=△1+θと表わす。或る平面上の方向の集合をDとするとき、次のことがいえる。

(@)回転θによるDの変換△→△+θは全単射である。
(A)回転θ1,θ2による変検を合成すれぱ回転θ1+θ2による変換となる。
  つまり〈△+θ1〉+θ2=△+(θ1+θ2)である。
(B)Dの恒等変換△→△は回転0、±2π、±4π,・・・ によってひき起こされる。
(C)任意の△1,△2∈Dに対し、△1+θ=△2となるθが存在する。
(v)回転θ=πは方向の対称変換をひき起こす。△+π=△'

 以上の(i)〜(v)は平面の基本性質として認めてもよいし、平面の方向集合を特徴づけるものといってもよい。対称量空問Sの方向集合がこの性質をもつときSを2次元対称量空間とよぶ。そして平 面における回転θは量空間Sの変換をひき起こし、θ; →  、また のとき =(△,A)とするとθ;(△,A)→(△+θ,A)となる。


【6】2次元対称量空間と複素数

 複素数とは何か。多くの人は複素数の計算法を知っているが、複素数の意味については必ずしも明確に把握しているわけではない。抽象数学より導かれる複素数の理論はかなり難解な内容を持っている。今我々は量空間における変換として数を定義するという立場に立脚している。このような立場からは複素数とはどのように定義されるのであろうか。その前に複素数の意味を明らかにするにはどのようなことが明らかにされなければならないのかについて考えてみよう。それは次の三点にまとめられよう。

 (@)i2=−1となる虚数単位iとは何か。
 (A)bとiの積biとは何か。
 (B)aとbiとの和とか何か。

 以上を量空間における変換として考えていってみよう。

 2次元対称量の代表として平面ベグトルをとり、その全体をSとする。今、∈S で=(△,A)とする。 にπ/2の回転変換を施すと =(△+π/2,A)となる。そこで次のように定義する。

 平面ベクトルの変換 ; を虚数単位といいiで表わす。従ってi()==i となる。従ってiとは"平面ベクトルを90°回転する"ことであると考えてよい。次にbiとは二つの変換iとbとの合成であり、a+biとは二つの倍変換aとbiとの和である。

 では変換iの重要性質を導いてみよう。

  のとき =(△,A)とする。このときiとiの合成変換を考えてみよう。
i()=i(i())=i()=(△+π/2+π/2,A)=(△+π,A)=(△',A)==(−1)()  ∴ii=−1となる。2次元対称量変間における変換によって複素数a+biに関する諸性質を導くことができるが、これは別の機会で取り扱うことにしよう。