わかる数学をめざして

北海道龍谷学園 双葉高等学校
大山 斉

【1】はじめに

 数学の技業においては、長い間にわたってチョークと黒板という伝枕的な技業スタイルが続いてきている。またこのことについても、あまり疑問を持たれることなく、暗黙の了解のようなものも存在していた。社会生活が大きく変動しつつある現在では、教育現場においても従来の方式への反省と見直しも必要である。最近では先進的な試みに積極的的な何人かの教師たちが、コンピューターを活用しつつ授業を展開してゆく工夫もされてきてはいる。授業内容の活性化のためには、コンピューターや教具、模型や、時には紙芝居のようなものなどを利用することも必要である。
 またゲームや実験、ストーリーなどを組織してゆくことも大切な工夫のひとつであろう。
 そして、これらを含めた豊かな技業の中で、学習者は次第に数学的構造への理解を深めてゆくことができるであろうと思われる。

【2】ディヴァイスいろいろ

教材によっては教具を利用することによって内容への理解が一段と容易になり、かつ豊かな発送を育ててゆくのに役立つことがある。したがって教材初究の過程で教具を工夫、開発することが重要になってくる。今回はいくつかの教具を紹介することにしたいと思う。これらはいずれも、私が今回までに作成し実際に授業の中で使用したものである。

  1. 双方向ブラック・ボックス

     関数の本質は集合から集合への対応、あるいは変数から変数への対応であり、必然的に対応のさせ方に着目してゆくことになる。そこで関数fのもつ働きや、対応のさせ方が容易に思い浮かべられるようなシェーマを工夫することが必要である。そのシェーマとして適当と考えられるのがブラック・ボックスである。
     ブラックボックスとは内部のからくりがどうなっているのかは別問題として、とにかく何らかの仕掛けによって一定の操作を行う装置のことをいう。入ってくるもの(入力)に加工を施したたもの(出力)を外部に送り出す働きをもっている。入力xがfの操作を受けて加工されてyとなり、それが出力となって出てくるとき式では、f(x)=yと表す。このようなことを教具としてのブラック・ボックスを利用すると楽しみながらも深く理解することができる。ところである関数fに対して、fと逆の操作を行う関数をfの逆関数と呼びf-1と表している。これはブラック・ボックスの入力と出力を逆転して事えればいいのである。入力xがfによって出力yとなるとき、このyを新しい入力として装置の中を逆送させ、したがって装置も逆のf-1という働きをしてxが出力として戻って出てくるという場合についてきえてみよう。これはf(x)=yであればx=f-1(y)となることを示している。以上のことを教具としての双方向ブラツク・ボックスを利用して容易に理解することが出来る。f-1はfが1対1対応の場合のみ存在するが、このことも双方向ブラック・ボックスを用いて面白く示すことが出来る。

     

  2. 空間座標モデル

     空間座標や空間ベクトルを説明する際にまずぶつかる困難な点がある。その最大の原因は2次元の黒板の上に3次元のものを書き表そうとするところにある。学習者にとっては2次元の平面上に書き表された空間座標や空間ベクトルの図を見ても、その図を通して空間への認識を深めてゆくことが決して用意ではないのである。教科書などの空間座標を示す図も、現実に空間座標のモデルを観察した後ではイメージの定着も早いのである。私は最近空間座標のモデルを出来るだけ活用して、授業を展開することにしている。またこのモデルを使って、空間ベクトルの成分に関する諸公式も説明してしまうことにしているのである。

     

  3. 変動する最大値、最小値

     2次関数の最大値、最小値の問題で入試等でよく出題され、教師も説明するのに苦労するというものがある。その代表的なものは次の(イ)(ロ)(ハ)のような問題である。

    (イ)二次関数y=x2−4x+5の区間a≦x≦x+2 における最大値M,最小値mをaの式で表せ。
    (ロ)区間0≦っx≦2における関数y=2x2−4ax+1の最大値M,最小値mをもとめよ。
    (ハ)区間0≦x≦aにおけるy=x2−4x+3の最大値M,最小値mを求めよ。
     これらの問題に共通していることは文字aに関して場合分けが必要であり、説明する際には多くのグラフを書いたりすることになるが、その場合分けが働きとして捉え難くなかなか理解しづらいということである。この難点を少しでも軽減させたいと、いくつかの教具を試作してみたが、私はこれを「紙芝居方式M、m説明器」と呼んでいる。

     

     

  4. 転がる円の軌跡

     一つの円が定直線に接しながら、すべることなく回転するとき、その円の周上の定点が描く曲線をサイクロイドという。このような記述とともに図の左の円が右の円まで回転してきたとき円周上の点Oは図の点Pの位置まで移動していることが説明される。ところがこれはなかなかイメージすることが困難で、ましてサイクロイドという曲線が図のようになるということを実際に掻いてみることもなしに過ごしてしまう場合が多いのである。
     コンピューターでは転がる円とともに円周上の点がどのように動いてゆくかを示すことが出来るが、これを教具で実行するとにより身近な感じで興味深く取り扱うことが出来るのである。

     

  5. 三角関数は円関数から

     単位円周上の点Pに関して、Pと原点Oを通る半直線がx柚の正方向となす角をθとする。このとき点Pのx座標をcosθ,y座標をsinθと表し、円関数と呼んでいる。この円関数から出発すると三角関数の諸性質を合理的に導くことができる。そこでこの円関数をごく身近に感じられるような教具を作ると大変都合がよいのであるが、それはどのようなものであればよいのであろうか。
     円周上の回転運動によって位置が変わってゆくことをイメージすることができるものとして観覧車がある。観覧車は円関数をイメージするためのモデルとして大変優れた面をもっているが、唯一の難点は負の量を連想することができないことであろう。この優れた面を最大限に生かし、かつ難点を解消するために私は回転半径が1ドリームという長さの潜水観覧車なるものを考え、その模型としての歓教具を作製した。

     

【3】‘数楽'のためのストーリー

 私たちは文学作品を読むことで心の糧としたり、感動したりしている。作品がフィクションであってもそこに展開されている内容が人間生活や社会全般に関する真実を衝いているとき人々は感動するのである。数学教育においても似たようなことが考えられる。ある種のストーリーについて考えることによって、これから考察しようとする教材のねらいや重要なポイントが明確に意識されるようになる。このような気のきいたショートストーリーを工夫することも大切なのではないかと思うのである。
  1. ジェラシー大作戦

     動点が複数個の場合の軌跡の方程式は、なかなか説明するのに苦労がつきまとう。ゴムひもを利用した教具を利用するのもーつの方法であろう。私は軌跡を描くそれぞれの点に性格をつけ、ある種のストーリーをもとにして、点と点の関連を考えさせることにしている。それは次のようなものである。

     ある高校にアイドルちゃんと呼ばれる女の子がいる。彼女は容姿もプロポーションも抜群で、しかも努力家である。彼女は陸上部に所属し、放裸後はいつも陸上グランドで走る練習をしている。一方あこがれ君は同じ学校でのサッカー部のゴールキーパーである。アイドルちやんに熱烈に恋焦がれており、放裸後はゴールキーパーの位置から走っている彼女にいつもラブサインを送りつづけている。このことを知ったジェラシー君の心境は穏やかではない。彼はあこがれ君の意図を何とか妨害しなければと固く決意し、観察を続けた結果次のことに気がついた。アイドルちゃんとあこがれ君を結ぶ線分を2:1に内分する点に彼が立つと彼にさえぎられてあこがれ君からはアイドルちやんが見えなくなってしまうのである。ジェラシー君の作戦が成功するためには、彼がどのような動きをしたらよいだろうか。アイドルちゃんは中心が原点、半径が3の円周上を動くものとし、あこがれ君は定点(6,0)として、ジェラシー君の描く軌跡の方程式を求めよ。

  2. 光の流れとともに

     水平でまっすぐに伸びているトンネルがある。このトンネルの中には、はるか彼方にある光源からの光が常に通過している。またこのトンネル内の路面には位置を示すための座標がしるされてある。トンネル内での路面に垂直な断面を通る光の量はそれぞれの断面ごとに常に一定である。このトンネル内を通過する光の量に関しては次のような重要な性質があるという。ある位置からトンネル内を光源に向けて単位距離だけ進む位置では、そこを通る光の量は、はじめの位置を進む光の量のa倍になっている。逆に光源から単位距離だけ遠ざかると光の量は1/a倍になるという。このとき光源に向けて距離xだけ進む場合は光の量はax倍になるというように決めると、このようなaxという数はどのような性質を持つ数なのであろうか。以上のことを追求してゆくことにより実数xに対しての指教関数の性質を導いてゆくことができる。

  3. ウッソーと言わずになんて打ち消す?

     ある男女共学校の中で次のような発言をしたらどんなことになるであろうか。

    「すべてのこの学校の生徒は男子である。」
     おそらく女子生徒から一斉にブーイングが起こることであろう。では札幌市内での有名女子大を例にあげて「あるF女子大生は男子である。」とか「何人かのF女子大生は男子である。」と言えばどちらも誤りである。あなたはこれらの発言をどのように訂正しますか? ウッソーと言っても相手は受け付けてくれないと思いますよ・・。

  4. 潜水観覧車を作ろう

     あなたは観覧車に乗ってみて、物足りない気持ちになったことはありませんか? 見えるのは空と眼下に広がる地上の景色だけなのですから。あなたは観覧車に乗って今までのような景色だけでなく、海中の景色も見たいと思いませんか。そうです、海抜0メートルの回転軸を中心とした潜水観覧車を作るとよいのです。
     この観覧車の回転半径は1ドリームの長さで、1周に要する時間は12分であるという。地上からの高さが0.6ドリームになるのは乗車してから何分後になるか、また水面からの深さが0.5ドリームになるのは何分後になるか。
     (注:1ドリームは約30メートルである。)

  5. パスカルさんに相談したところ・・・

     技量の伯仲しているAとB2人が先に6勝したほうが掛け金64ビアストるの全額を得るというゲームをした。Aが5勝、Bが3勝したところで、ある事情のためにゲームは中止になってしまった。残りの試合を後日改めて行うことも不可能であるという。AとBには掛け金をどのように分記してやればよいのであろうか。途中試合の勝敗を比べて5:3に分記すればよいという意見が出たが、果たしてこれでよいのだろうか。みなで相談した結果パスカルさんの意見を聞いてみることになったが、はたして彼はどのように回答したのでし上うか。

【4】ゲーム、実験、工作・・・etc

 コンピューターを利用したり、教具を工夫することによって授業を活性化させ、理解する内容を深めてゆくことができる。この他にもある種のゲームを行ってみたり、実験をしてみたり、実際に何かを作ってみたりすることを通して数学的内容に興味関心を呼び起こし、理解を深めてゆくことが可能である。例えば絵札を除いた40枚のトランプカードを何人かに同じ枚数ずつ渡し次にお互いカードを1枚ずつ交換させるゲームを行う。この場合、黒のカードを正数、赤のカードを負数とし、各人の持ち点を調べていく。このゲームの中で負の数を徐くと持ち点の合計は増え、相手から負の数をもらうと持ち点は現象する。このようなことを通じて正負の数の加法、減法を自然に理解することができるという。また画びょうを床に投げる場合についてのさまざまな確率については、あらかじめ実験をして面びょうの起こり方の確率という概念を形成しておく必要があるであろう。また折り紙を利用してニ次曲線の形を調べてみることも可能である。
 微分法の中で最大値、最小値を求める問題の例として、正方形の四隅を切り取り最大容積の箱を作るにはどうしたらよいかというのがある。これ等もあらかじめ正方形の用紙を渡して、まずどんな形のものが最大となるかを予測させて各自に工作させ、次に微分法で理論値を求めさせてみるというようにすれば興味を深めてゆくこともできよう。位置、速度、加速度に関する問題で観測を始めてから時間Tが経過した瞬間における点Pの位置XはX=2T3−18T2+30Tであるという。0≦T≦7における点Pの位置、速度、加速度について調べよ等という問題もよくある。これをただ計算させるだけでなく各自が点Pをなにかの乗り物に見たてて仮想体験旅行をし、その廉際の速度、加速度の体験記を書いてみようという問題にして提出させてみたら思わぬ反響も出てくるのではないかと思う。以上はいくつかの例にすぎないが、今後もさまざまな工夫を続けてゆく必要があると思われる。

【5】今後にむけて

 わかる技業を目指してのさまざまの教育活動を支えるものは教師一人一人の教材研究であろう。これらの研究を組織しさらに次元の高い教育研究へと高めてゆくことが必要である。そのような訳で、私たちが研究会を作りそこで研究発表や公開授業を通して交流しあい討議することは大きな意義があり、これからもますます発展させてゆきたいものである。情報技術の発展に伴い、教育現場におけるコンピューターの活用はますます重要視されるようになってきた。数学教育においてもコンピューターを最大限に活用するようさらに研究実践を続けてゆくことが必要であるが、これだけで授業への工夫がつきてしまう訳ではない。コンピューターをも含めたさまざまな教具の工夫開発、本質を鋭く衝いたストーリーやゲームを考案すること、より深い理解に到達するための実験や工作等々といったものを追及してゆく必要がある。このような日々の実践研究を通して、よりよい数学教育に向けての展望が拓けてくるのだと思うのである。