『身近な事象の数理的考察』、これは以前私が教科書すら持ってこない生徒が大半を占めていた学校勤務時代に暗中模索していた研究テーマの1つであった。このテーマそのものがいくつかの教材事例とともに『数学基礎』の教科書(白表紙本)に載っていた。本稿は前作までの3本と同様に『数学基礎』の教科書をもとに、教科書で扱われている内容を発展展開していく方法の一例を紹介するものである。今回は、前述した『身近な事象の数理的考察』の中で取り上げられていた最短径路問題(単に距離が最短)を取り上げ、ビリヤードへの応用を紹介するという普通の内容である。具体的な内容を構築していく際に利用したのは前回までと同様にインターネットのみである。最短径路問題そのものよりはビリヤードに関する記述の方が多くなると思うが、コーヒーブレークにお読みいただければ幸いである。
さて、教科書等でよく描かれている問題例としては、『点Aを出発して途中で点Pを通り、さらに点Bまでいく場合の最短径路』という設定である。そして、これはよく次のようなまとめがなされている。
『AP+PBの最短』
直線lについて、点Aと対称な点をA’とする。直線A’Bとlとの交点をPとすると、点Aからl上の点を通って点Bにいたる最短の径路は点Pを通る。
このように考えることによって私たちは単純な最短径路問題ならすぐ解ける。しかし、こうした基本内容を活用したり発展させたりするといろいろな問題を作ることができる。その代表にあげられるのが次章でふれるビリヤードを用いたものである。
タイトルがくどくなったのには理由がある。ビリヤードを実際に趣味としてやっている方ならよくわかっていると思われるが、単なる玉突きにすぎないビリヤード(と書くと、専門家の方に申し訳ないが)も大変奥の深い世界である。私情になって申し訳ないが、私の勤務校では毎年2〜3月頃に冬の教職員レクとして室内種目のレクレーションを実施している。私が本校に赴任した6年前には、碁・将棋・麻雀・ボーリングといった種目であったが、3年前、私が数学科の幹事をしていた時からビリヤードを加えてもらった。別にビリヤードがうまいとかではなく(ちなみに私は種目によらず運動が弱い)、勝負にこだわらず皆と親睦を深めるにはボーリングのように実力差の歴然としたものではなく、誰が勝つか負けるか不透明な種目の方が親睦が深まると考えていたわけである(ちなみに、初めてやった私が初年度優勝してしまった、若い頃から趣味の一つとしてやっていて当然優勝するはずの先生がいたのに。でも2年目は実力通りに最下位、この年の準優勝はこれまた初めてやった教頭先生)。それ以降、年に1回だがビリヤードを楽しんでいる。キュー(突く棒のこと)で手玉(自らが突く白い玉のこと)を突くにあたっても突く部分により手玉にいろいろな回転が加わり、ひねりが加えられることができるので必ずしも手玉は直線的に回転(進展)するとは限らない。このような実際的な話を全て排除して以下では教科書で扱われているように@玉は直線を描いて回転し、A外側の枠で跳ね返って(光が鏡に反射するときと同様に入射角と反射角が等しく)最短の径路を通る、ものとして記述を進めるものとする。まずはビリヤードの基本的な例からふれようと思う。
【例1】手玉Aをクッション(外側の枠のこと)のどこかでバンクする(跳ね返す)。

【例2】手玉Aを先球(狙う対象の玉のこと)Bにクッションにバンクさせてあてる。
この場合、クッションのどこの辺でバンクさせるか、これこそ前述の最短径路の問題そのものである。図2のように、手玉Aの位置と点Xについて対称な点A’とし、A’BとXUの交点Pを狙ってストローク(キューの反復運動)すると点Pでバンクして手玉Aは先球Bにあたる。

ここからが本章の本題となる。
【例3】今度は手玉Aは同じ場所で、先球Bの場所をYZ上の点とする。(なお、以下では前提として直線的に狙うのではなく、必ずクッションで何度かバンクさせて狙うものとする、この部分も以下では省略するが)理屈とすれば図3のように2点PとQでバンクすればよい。ではPとQはどんな点になるのか。実はこれは図4のようにすればよいのである。

【例4】手玉をクッションに3回バンクさせてテーブル(ビリヤードの台のこと)を1周させて元の位置に戻す。これは、図6のように3回バンクさせて戻すことである。

ここまでは、参考にした教科書にもあったものである。さて、普通、私たちがビリヤードをする場合は、テーブルにポケット(ビリヤードの台にある穴のこと)がついたものを使ったポケットビリヤードが主流を占めます。以下では、ポケットビリヤードでの応用例です。
【例5】バンクショット
先球をポケットに入れる場合、手玉をどこに置くかという事例です。右の図7のように置けばうまくいきます。【例2】の応用です。

【例6】ファイブ アンド ハーフ
本来はファイブハーフシステムというクッションのシステムの1つで、コーナーポケットの前から対角の2.5ポイントの地点を突くと反対のポケットに手玉が向かうことになっています。撞点(手玉の突く場所)によってかなり違いが出るなどいろいろあるのですが、本稿ではそれらを全て排除して単純に最短径路として考えています。次のような径路をたどれば、うまくいきます。

【例7】二重回し
ファイブ & ハーフを2つ組み合わせたシステムで、5回クッションするので結構ハデです。これも本来は、撞点などいろいろテクニック的なことがあるのですが、ここでは全て光の反射原理だけで考えることにします。

【例8】テーブル上の2玉
クッションなどに接していない2つの場所に手玉Aと先球Bがある場合、どうすれば手玉Aが先球Bにあたるか考えます(もちろん、直線的には狙わない)。この場合は次のように例3を応用させて2回クッションさせて最短径路をたどればあたります。
さて、以上は実際のビリヤードの仕方の細かい部分を一切排除して単純なルール(光の反射の原理)にして考えたものです。ですから、実際のビリヤードでもこうなるとは限りません(と言うより、そうはいかないと思います)。ただ、最短径路問題を扱うのであれば、少し脱線してこのように扱ってみるのもよいのではないでしょうか。また、運動量保存の法則など物理の教材としてビリヤード等を扱うのもおもしろいと思われます。