北 数 教
第44回 数学教育実践研究会

−教育現場のおける基礎研究−

行列方程式の解法と最小多項式について

平成15年2月1日(土)

北海道石狩南高等学校
数学科教諭 小栗 是徳

1.はじめに

 前回のレポート『行列方程式の解法について』では,2次の正方行列Aについての可換零因子の存在と一意性を応用して,行列方程式 A2+kA+lE=O の解を求めた。
 その結果,特性方程式 x2+kx+l=0 の2つの解をα,βとするときα=β(重解)も含めて,(A−αE)(A−βE)=Oより
(@) A=αE,βE
(A) trA=−k,detA=lをみたす任意のA
であった。  これをさらに発展させて,同じ2次の正方行列Aでも,行列方程式の次数が3次以上の高次,例えば,(A−α1E)(A−α2E)(A−α3E)=Oの解についてどうなるか,また,一般にAがn次正方行列のとき解ではどうなるか,いずれもも魅力あるテーマである。
 そもそも行列方程式とは,未知の正方行列がn次のとき,それを成分で書き下すと未知数がn2個に急増してしまうことに問題が生じる。それに加えて,高次方程式となればますます繁雑さを極めることになる。
 本稿の目的は,前回のレポートを発展させて,n次正方行列の高次方程式を解くことにある。そのための今回のキーワードは,Caylay-Hamiltonの方程式に随伴する『最小多項式』となる。この『最小多項式』については,その存在と一意性が保証されるからである。これらについて,先ず2.で,2次の正方行列について解決した後,次の3.4.を準備した上で,5.でn次正方行列に拡張した。さらに,6.で対角化(標準化)を用いて行列方程式の解の一般形を求めた。また,前回のレポートでキーワードとなった可換零因子の構造が,最小多項式によって一層明瞭になるので,それを7.で明らかにした。これらの論証を進めるためには,3.より線型代数学の領域に一部踏み込まざるを得なかった。
 高校数学で扱う行列はすべて実行列であるので,前回のレポートまですべて実行列を前提に展開してきたが,ここでは特に断らない限り,複素数の範囲まで拡張して考える。
 本稿の流れについて,見通しをよくするために予め具体的な例をもって説明しておく。例として,A3=Eをみたす2次の正方行列を求める流れを示すと下記の通りである。
   (A−E)(A−ωE)(A−ω2E)=O より,A=E,ωE,ω2
は明らかだが,零因子が存在するためにこれ以外の解が問題となる。その解は,結論からいえば,
   (A−E)(A−ωE)=O,(A−ωE)(A−ω2E)=O,(A−E)(A−ω2E)=O
の3通りを解けばよい。つまり,この3通り以外に解は存在しない。それを保証するのが,『最小多項式』の存在と一意性である。さらに『最小多項式』の性質から,例えば,(A−E)(A−ωE)=OのA=E,ωE以外の解は,1,ωを固有値とする任意行列である。これを,A(1,ω)と表す。このA(1,ω)は,対角化により任意の正則行列Pを使って,と構成できる。これが,解の一般形である。
 正方行列Aの行列方程式は,Aが2次のときと3次以上のときでは明らかに質的に異なるので,分けて考える。多項式はすべてスカラー係数とする。

2.2次の正方行列のとき

 まず,以下の準備をする。任意のが与えられたとする。

Prop2−1.(Caylay-Hamiltonの定理)
 Aに対して,A2−(a+d)A+(ad−bc)E=O が成立する。

以後,
   fA(A)≡A2−(a+d)A+(ad−bc)E=O   (2.1)
   fA(x)≡x2−(a+d)x+(ad−bc)
と表す。fA(x)=x2−(a+d)x+(ad−bc)=0 の2つの解を α,βとすると
   fA(x)=(x−α)(x−β),fA(A)=(A−αE)(A−βE)   (2.2)
ここで,解と係数の関係より,α+β=a+d,αβ=ad−bc
   fA(A)=A2−(a+d)A+(ad−bc)E=(A−αE)(A−βE)=O   (2.3)
をCaylay-Hamiltonの方程式(以下,CHEと略称)という。まとめると,

Prop2−2.Aの固有値が,α,β⇒CHE fA(A)=(A−αE)(A−βE)=Oが成立

 しかし,この逆は成立しない。(反例:A=αEのとき)
 また,g(A)=Oとなる任意のAの多項式g(A)について,g(x)はfA(x)で割り切れるとは限らない。
(反例:A=Eのとき,fA(x)=(x−1)2,g(A)≡A−Eとおくと,g(x)=x−1)
 そこで,g(A)=Oとなる任意のAの多項式g(A)について,g(x)を割り切れる多項式を定義する。

Def2−3. (最小多項式)Aに対して,次のようなAの多項式φA(A)を定義する。
   A=mEのとき,φA(A)≡A−mE,A≠mEのとき,φA(A)≡fA(A)

 このφA(A)は一意的に存在し,degφA≦2である。このφA(A)をAの最小多項式という。 (2次の正方行列については,この定義で最小多項式の存在と一意性が明らかである)

Prop2−4.g(A)=O⇒g(x)はφA(x)で割り切れる。

pr)
CASE1:A=mEのとき,φA”(x)=x−m,
  g(A)=Oよりg(mE)=O,g(m)E=O,g(m)=0
  よって,因数定理によりg(x)はφA(x)で割り切れる。
CASE2:A≠mEのとき,φA(A)≡fA(A)より,degφA=2
  よって,g(x)=φA(x)h(x)+px+qとおくと,
   g(A)=φA(A)h(A)+pA+qE
  このとき,g(A)=O,φA(A)=Oより,pA+qE=O
  ここでp≠0とすると,A=mEとなるので,p=0,さらにq=0
  よって,g(x)はφA(x)で割り切れる。   □

Cor1. Aの固有多項式fA(x)は,φA(x)で割り切れる。

Cor2. fA(λ)=0⇔φA(λ)=0

pr)
は,Cor1より成立
⇒について示す。A=mEのとき,φA(x)=x−m,fA(x)=(x−m)2より成立
  A≠mEのとき,φA(x)=fA(x) より成立する。   □

Remark2−5. この結果,fA(x)=0とφA(x)=0の解は,重複度を除いて等しい。

Prop2−6.φA(A)=(A−αE)(A−βE)=O ⇒ Aの固有値は,α,βつまり,Aは,α,βを固有値とする行列である。

pr) Aの固有値は,Prop2−4.のCor2.より,α,βであるが,degφA=2よりAは,α,βを固有値とする行列である。   □

以上で準備が終了したので,本論に入る。

 2次の正方行列Aに対して,∃1φA(A) かつ degφA≦2   ☆

(1) 行列方程式 A2+kA+lE=O の解について
 特性方程式 x2+kx+l=0 の2つの解をα,βとするときα=β(重解)も含めて行列方程式
   (A−αE)(A−βE)=O   (2.4)
を解けばよい。☆より
CASE1:degφA=1,つまり,φA(A)=A−λE=Oのとき,A=λEを(2.4)に代入して,
   (λーα)(λーβ)E=O  λ=α,β
   ∴ A=αE,βE
CASE2:degφA=2のとき,φA(A)の一意性より
   φA(A)=(A−αE)(A−βE)=O   (2.5)
  ここで,A−αE≠O かつ A−βE≠OであるからA−αE,A−βEは可換零因子である。
  よって,Prop2−6.より,Aはα,βを固有値とする行列である。
  このAを,以下,A≡A(α,β)と表す。A(α,β)の具体的な構成方法については,6.で後述する。

以上を言い換えると,
  (@) A=αE,βE
  (A) trA=−k,detA=lをみたす任意のA
となるので,冒頭の結果と一致する。

(2) 3次以上の高次方程式 g(A)=O の解について
 特性方程式 g(x)=0 の解をx=α1,α2,…,αmとおくと,重解も含めて
   g(A)=(A−α1E)(A−α2E)…(A−αmE)=O   ☆より
CASE1:degφA=1のとき,A=α1E,α2E,…,αm
CASE2:degφA=2のとき,
   φA(A)=(A−αiE)(A−αjE)=O,1≦i≠j≦m   (2.6)
  ここで,A−αiE,A−αjEは,いずれも≠Oより可換零因子である。
  A=A(αi,αj

e.g.2−7 A3=Eを解くと,(A−E)(A−ωE)(A−ω2E)=O より
   A=E,ωE,ω2E,A(1,ω),A(1,ω2),A(ω,ω2

 この中で,実行列は,A=E,A(ω,ω2) の2つである。
 以上のAをn次正方行列に拡張するために,次の3.4.の準備をする。

3.Caylay-Hamiltonの方程式

 任意のn次正方行列Aに対して,
   ∃α∈C,∃≠0∈Cn s.t.A=α
が成立するとき,αをAの固有値,をAの固有ベクトルという。
 この(α,)が存在するための必要十分条件は,(A−αE)=0 より det(A−αE)=0 である。
det(xE−A)をAの固有多項式といい,fA(x)で表す。つまり,
   αがAの固有値⇔fA(α)=0
 また,fA(x)=0をAの固有方程式,または,特性方程式という。fA(x)を展開して
   fA(x)=xn+a1n-1+a2n-2+…+an=0
とおくと,代数学の基本定理よりfA(x)=0は重複度を含めて,n個の解x=α1,α2,…αnをもつので,
   fA(x)=(x−α1)(x−α2)…(x−αn)
n次方程式の解と係数の関係より,
   a1=−(α1+α2+…+αn),
   a2=α1α2+α1α3+…+αn-1αn
      …,
   an=(−1)nα1α2…α   (3.1)
 一般項ak=Σ(−1)kαi1αi2…αik,このΣは 1≦i1<i2<…<ik≦n にわたる
 さらに,fA(x)について,Caylay-Hamiltonの定理より,CHE
   fA(A)=An+a1n-1+a2n-2+…+anE=O   (3.2)
つまり,
   fA(A)=(A−α1E)(A−α2E)…(A−αnE)=O   (3.3)
が成立する。まとめると,

Prop2−1.Aの固有値が,α1,α2,…,αn⇒CHE(3.3)が成立する。つまり,
   fA(A)=(A−α1E)(A−α2E)…(A−αnE)=O
が成立する

 しかし,この逆は成立しない。例えば,A=α1Eについて,(3.3)が成立しているが,このAの固有値はα1(n重解)である。
 そこで,Aの固有値が,α1,α2,…,αnとなるための十分条件を考察するために,次の最小多項式を導入する。

4.最小多項式

Def4−1.(最小多項式)
 g(A)=OとなるAの多項式g(A)の中で,Aの次数が最小かつAの最高次の係数が1のものをAの最小多項式といい,φA(A)で表す。φA(A)=Oである。

 以下,n次正方行列Aについて,この最小多項式φA(A)の存在とその一意性を示す。

Prop4−2.(最小多項式の存在)
任意のAについて,最小多項式φA(A)が存在する

pr) CHEより fA(A)=O が成立しているが,これはn次式である。1次式 g1(A)=A+k1E=Oから調べれば,高々n回でgk(A)=O 1≦k≦nとなるgk(A)を得る。
このようなgk(A)の中で次数が最小のものが,φA(A)である。   □

Prop4−3.(最小多項式の一意性)
 g(A)=Oとなる任意の多項式g(A)に対して,g(x)はφA(x)で割り切れる。

pr) g(x)=φA(x)h(x)+r(x),0≦degr(x)<degφA(x)とおくと,
   g(A)=φA(A)h(A)+r(A)
 ここで,g(A)=O,φA(A)=Oより,r(A)=O これは,φA(A)の最小性に矛盾
   ∴ r(x)=0
 よって,g(x)はφA(x)で割り切れる。    □

Cor1. Aの固有多項式fA(x)は,φA(x)で割り切れる。

Cor2. fA(λ)=0⇔φA(λ)=0

pr)は,Cor1より成立
⇒について示す。Aの任意の固有値をλとおくと,∃x≠0 s.t.A=λ
よって,An=λnの成立とφAの線形性より φA(A)x=φA(λ) が成立。
 ここで,φA(A)=Oより φA(λ)=0   ∴ φA(λ)=0   □

Remark. このCor2.の結果,fA(x)=0とφA(x)=0の解は,重複度を除いて等しい。

e.g.4−4.次の3次の各正方行列について,いずれもCHEは,f(x)=(x−1)3=0であるが,最小多項式は,全て異なる。具体的には,
   A=E:φA(x)=x−1
  :φB(x)=(x−1)2
   :φC(x)=(x−1)3

 以上の最小多項式を準備すると,

Main Theorem4−5.φA(A)=(A−α1E)(A−α2E)…(A−αsE)=O   (4.1)
   ⇒ Aは,α1,α2,…,αsから重複してn個適当に選んだ組α1,α2,…,αnを固有値とする行列である。
つまり,A=A(α1,α2,…αn)である。
 但し,α1,α2,…,αsから重複してn個を選ぶとき,煩わしいので必要に応じて固有値の番号は自由に付け替えて,α1,α2,…,αnとする。以後同様とする。

pr) Aの任意の固有値をλとすると,Prop4−3.のCor2.より,1≦∃i≦s s.t. λ=αiであるが,φAの最小性よりα1,α2,…αsのすべてがAの固有値となる。
 よって,Aの固有値は,重複度を除いてα1,α2,…,αsである。次に,n次正方行列Aは重複度を含めn個の固有値をもつので,s≦nよりAは,α1,α2,…,αsから重複してn個適当に選んだ組α1,α2,…,αnを固有値とする行列である。   □

 この結果を,次の(5.1)(5.2)(5.3)で用いることになる。

5.n次の正方行列のとき

 n次の正方行列Aに対して,∃1φA(A) かつ degφA≦n

(1) 行列方程式 A2+kA+lE=O の解について
 特性方程式 x2+kx+l=0 の2つの解をα1,α2とするときα1=α2(重解)も含めて行列方程式
   (A−α1E)(A−α2E)=O
を解けばよい。ここで,degφA≦2より,
CASE1:degφA=1のとき,∴A=α1E,α2
CASE2:degφA=2のとき,φA(A)の一意性より
   φA(A)=(A−α1E)(A−α2E)=O   (5.1)
α1,α2から重複してn個選んで,A=A(α1,α2,…,αn

(2) 3次以上かつ(nー1)次以下の高次方程式 g(A)=O の解について
 特性方程式 g(x)=0 の解をx=α1,α2,…,αm (1≦m≦n)とおくと,重解も含めて
   g(A)=(A−α1E)(A−α2E)…(A−αmE)=O
ここで,degφA≦mより,
CASE1.degφA=1のとき,A=α1E,α2E,…,αm
CASE2.degφA=rのとき,α1,α2,…,αmから,r個選んで
   φA(A)=(A−αi1E)(A−αi2E)…(A−αirE)=O 1≦i1<i2<…<ir≦m   (5.2)
 αi1,αi2,…,αir から重複してn個選んで,A=A(α1,α2,…αn

(3) n次以上の高次方程式 g(A)=O の解について
 特性方程式 g(x)=0 の解を,重解も含めてx=α1,α2,…,αmとおくと,degφA≦nより,
CASE1.degφA=1のとき,A=α1E,α2E,…,αm
CASE2.degφA=rのとき,α1,α2,…,αmからr個を選んで
  φA(A)=(A−αi1E)(A−αi2E)…(A−αirE)=O 1≦i1<i2<…<ir≦n   (5.3)
  αi1,αi2,…,αirから重複してn個選んで,A=A(α1,α2,…,αn

e.g.5−1. A2−2A+E=Oをみたす3次の正方行列Aを求めると,
   A=E,A(1,1,1)

e.g.5−2.A4=Eをみたす3次の正方行列Aを求めると,
   A=E,−E,iE,−iE,A(α.α.β),A(α.β.β),A(α.β.γ)
  ここで,α.β.γの組は,±1,±iから選んで,16通り

6.固有値からの行列の構成

 ここでは,例えばα,βを固有値とする任意行列A(α,β)の構成方法について考察する。そのために,行列の対角化(標準化)を使う。
 固有値の定義より,任意のAに対してAの固有値は一意的に決まるが,逆に固有値が与えられてもその行列は決定しない。正確には,

Prop6−1.任意の正則行列Pに対して,AとP-1APとはその固有値が一致する。
  つまり,A〜B(相似)⇒fA(x)=fB(x),φA(x)=φB(x) が成立する。

 この結果,x=α1,α2,…,αn を固有値とするある行列Aは,任意の正則行列Pを使って
   
として構成すればよいが,この構成によって,x=α1,α2,…,αn を固有値とする行列がすべて求まるわけではない。反例として,について,fA(x)=fB(x)=(x−1)2であるが,A〜Bでない。
 つまり,P-1APによって,Bを構成することはできない。
 そこで,次のように対角化(標準化)を用いる。

(1) 2次の正方行列のとき

Prop6−2.α,βを固有値とする任意行列A(≠mE)に対して,
 T.α≠βのとき,∃P:正則行列 s.t.
 U.α=βのとき,∃P:正則行列 s.t.

pr) (この証明はいろいろなところで言い尽くされているが,特にU.について,12の連立方程式(6.1)の解き方を工夫したので,他と比べて頂きたい)

T.について A1=α1,A2=β2 とおくと,
   
 ここで,P≡(12)とおくと12 は一次独立
[∵if そうでないとすると2=k1 よりA(k1)=β(k1)   αk1=βk1
よって,α=βとなり矛盾!
よって,Pは正則で,よりが成立する。

U.について まず,重解条件よりfA(A)=φA(A)=(A−αE)2=O
 P≡(12)とおくと,
      (6,1)
 この(6.1)をみたす一次独立な12を求めればよい。A−αE≠O より ∃2 s.t.(A−αE)2  この2に対して第2式より1=(A−αE)2 とすると,この1について(A−αE)2=Oより第1式が成立し,かつこのとき,12一次独立
[∵k11+k22=0とおくと,
   k1(A−αE)2+k22=0,k1(A−αE)22+k2(A−αE)2=0
 ここで,(A−αE)2=O かつ (A−αE)2 よりk2=0 さらにk1(A−αE)2=0よりk1=0]
 よって,P=(12)は正則で,
   

Cor1.α,βを固有値とする任意行列Aは,適当な正則行列Pを使って,
   α≠βのとき,,α=βのとき,
とかける。

e.g.6−3.A2−2A+E=Oの解A(1,1)は,適当な正則行列Pを使って,と構成できる。
 A(1.1)なる一つとして例えば,の構成は,まずその対角化を求める。
 x=1が重解,fA(A)=φA(A)=(A−E)2=O,(A−E)2≠0なる2としてととると,
   
このとき,とおくと
 よって,このPを用いて,

(2) n次の正方行列のとき

Prop6−4.α1,α2,…,αnを固有値とする任意の行列Aに対して
T.φA(x)が重解をもたない⇔Aは,対角化される
U.φA(x)が重解をもつとき,その重解の1つをαiとすると,Aはなる細胞(Jordan細胞)行列をいくつか並べてできる行列に相似(Jordanの標準形)
(証明略,例えば佐武一郎著『線型代数学』を参照されたい) e.g.6−5. A2=Eをみたす3次の正方行列Aで,A=E,A=−E以外を求めると,
   φA(A)=(A−E)(A+E)=O
は重解をもたないので,例えば,A(1.1.−1)なる任意のAは,適当な正則行列Pを使って
   
として構成できる。

e.g.6−6.(A−E)2(A−2E)=O をみたす3次の正方行列Aは,x=1が重解に注意して,
degφA=2のとき,φA(A)=(A−E)2,(A−E)(A−2E) より例えば,
   A(1.1.1),A(1.2.2)
なる任意のAは,それぞれ適当な正則行列Pを使って,
   
Pとして構成できる。
degφA=3のとき,φA(A)=(A−E)2(A−2E) よりA(1.1.2)なる任意のAは,適当な正則行列Pを使って,
   
として構成できる。
 A(1.1.2)なる一つとして例えば,の構成は,Prop.6−3より,ととればよい。

e.g.6−7.(A−E)4=O をみたす4次の正方行列Aは,x=1が重解に注意して,
degφA=2のとき,φA(A)=(A−E)2 より,A(1.1.1.1)なる任意のAは,適当な正則行列Pを使って,
   
として構成できる。

Remark6−8(冪零行列の標準形) このe.g.6−7.は,A−E≡N とおくと,N4=O, degφN=2 より,冪零行列の標準形から求める方法もある。

7.最小多項式と可換零因子

 最後に,最小多項式から,可換零因子の存在を示すとともにそれを具体的に構成する。

Def7−1.(可換零因子の定義)
 Aが可換零因子とは,OでないAに対して ∃B≠O s.t.AB=BA=O

 このように定義すると

Prop.7−2 Aが可換零因子 ⇔ detA=0

pr)⇒は,背理法から明らかだが,この逆 を最小多項式を使って証明するとともに,可換零因子Aに対するBの構造を明らかにする。

(1) Aが2次の正方行列のとき
detA=0 より,Aの固有値を,0,α とおくと,φA(A)=A(A−αE)=O
ここで,B≡A−αE とおくと,φAの最小性より B≠O s.t.AB=BA=O

(2) Aがn次正方行列のとき
detA=0 より,Aの固有値を,0,α1,α2,…,αn-1 とおくと,
  fA(A)=A(A−α1E) …(A−αn-1E)
 ここで,Aの相異なる固有値を,改めて,0,α1,α2,…,αs とおくと,degφA=r(2≦r≦s)のとき,α1,α2,…,αsからr−1個を選んで,改めてα1,α2,…,αr-1とおくと,
   φA(A)=A(A−α1E) …(A−αr-1E)=O
B≡(A−α1E) …(A−αr-1E) とおくと,φAの最小性よりB≠O s.t.AB=BA=O
以上より,Aは可換零因子である。   □

e.g.7−3.のとき,φA(A)=A2(A−E)=O
 よって,B≡A(A−E) とおけば,AB=BA=O が成立する。

8.まとめー今後の進展−

 本稿を進める中で,改めて数学教育における基礎研究の必要性を痛感している。それは,わたし自身が学ぶ中で,どういう状況で学ぶ動機づけになるか体験できるからである。
 『生徒にどんなモチベーションを与えるか』と言われるようになったが,常に教える側だけに立っていると,学ぶ側のモチベーションを理解することは困難であろう。
 例えば,線形代数学において,『Jordanの標準形』は一つの壁であるが,テキストだけで学んでいると,何故このような難解なことをするのか見えないところがある。ところが,自分で研究テーマを見つけて探っていくと,自ずとそこにたどり着いていることに驚く。学習する側が一旦自分の研究テーマを見つければ,多少の艱難辛苦は自力で乗り越えられるということである。こうなれば教える側は,単なるアドバイザーにとどまればよいわけである。
 また,教師自身が学ぶ過程で壁に突き当たることによって,適切な指導,助言が如何に大切かも同時に体験できるので,生徒への対応の仕方も自ずとわかるのではないか。
 以上のことは数学教育分野で非常に重要なことである。したがって,生徒に学ばさせるためには,教師自身自らも学ぶことが必要条件となると考える。
 さて,本稿の主テーマは,行列方程式を解くことであるが,零因子の問題を解決するために,最小多項式を中心にして論証を進めてきた。その結果,行列方程式を解くに当たっては,『最小多項式を用いれば,零因子恐るるに足らず』ということが分かったことは大きな収穫であった。さらに,行列の対角化(標準化)から行列方程式の解の一般形を求めたこと,可換零因子の構造を一層明瞭にできたこと,このいずれも思いがけない副産物であった。今後,少なくとも2次の正方行列については,現場で役立つことを期待したい。
 唯一つの心残りは,Def7−1.よりBはAにdependしているが,そのdependの条件として,『B=g(A),つまり,BはAの多項式』を証明できるか否か,わからなかったことである。これが証明できれば,可換零因子の一意性に近いものが得られるからである。これについては,マリツェフの『線型代数学』及び『演習 線型代数学』の中で,ある条件の下で触れられているので,紹介するにとどめる。行列の可換性に及ぶまで,線型代数学を本格的にやるのには,Jordanの標準形からさらに単因子に渡って必要なようである。ここまで深く入るか否かは,今のところ私自身判断しかねている。
 本稿を最後にまとめるに当たり,一般の線形代数学のテキストに関係した部分が見つからないので,北海道大学理学研究科の吉田知行教授に相談し御教示を頂いた。それによると,約一世紀半の線形代数学の歴史の中で,初期のころは本稿のような研究をしていたようである。その後,抽象化が進み『抽象代数学』と称されるように高度化されるに連れ,本稿のようなことが忘れ去られているとのことであった。Jordanにしても,『行列方程式AX=XA』の解くために,Jordanの標準形を見出している。したがって,この点でも数学教育における基礎研究の必要性がある。数学史は,数学教育の宝庫である。そのことを忘れ,整然と整理された無味乾燥な教材を生徒に提供しても,学ぶ意欲を喚起できないのは当然のことである。
 思えば本稿は,生徒からの質問を発端に,1年前に『行列における零因子の構造』からスタートした。その結末が,最小多項式を使った行列方程式の解法とは思いもよらぬ結果であった。この経緯からすれば,本稿の『行列方程式の解法』こそ,逆に思わぬ副産物とも言える。
 この間,拙いレポートを発信し続けたが,同僚の南 俊明教諭をはじめ,遠くは白糠高等学校の永渕 敬二校長,倶知安高等学校の原田 牧夫教諭からの有り難いリアクション,貴重なアドバイスを頂いたことは感謝に絶えない。いかなる研究も,そのリアクションを得ることがなければ,それは空を斬るようなもので,空しい限りであるからである。

 最後に,いつもレポート発表の機会を快く提供してくれた数学教育実践研究会,特に役員の方々,また,お忙しい中丁寧な指導して頂いた吉田知行教授に,感謝申し上げ,結びとしたい。