科学を否定する理科教育

北村 正直:北大名誉教授

 諸外国の人文系、社会学系の学者の間に、実際に大学や研究所で科学研究に従事し、大学、大学院で理系の学生の指導にあたっている科学者の気がつかない内にある奇妙な「科学観」が広まっていた。この奇妙な「科学観」は教育、特に数学教育と理科教育に伝染病のように広がって行った。この奇妙な教育理論を「構成主義教育」という。米国ではこの傾向に気付いた数学者、物理学者、このような思想に組しない哲学者、社会科学者達が90年代に入って批判し始めたのである。この一部の人文学者、社会学者と科学者達の論争は、1996年のいわゆる「ソーカル事件」とそれに続くソーカルとブリックモンという二人の物理学者の著書、「知の欺瞞」でピークに達した。彼等を始め多くの"まともな"学者達の努力によりこの新しい思想を唱える人々の思考のいい加減さが明るみにさらされたのである。

 アメリカの理科教育界でこの思想は「形成主義理科教育、数学教育」という形で執拗に根を張っている。90年代の始めから始められた「ナショナル・エジュケーション・スタンダード」の作成過程で、理科教育界や行政側に増えていた形成主義者と科学者の間で論争が起き、それを通して数年かけてようやく科学者の受け入れられる「スタンダード」ができたのである。しかし、教育学部における形成主義教授は少なくなく、そこで教育される将来の教師の質が心配されている。日本の理科教育でもこの奇妙な思想の影響は極めて深刻である。教育学部の理科教育学者を中心に「形成主義教育」の論陣をはるものは少なくない。私から見て間違っていると思われる考えで、論文を書き、学生を教育することに異論を挟むことは妥当でない。しかし、一部の学者の間でしか通じない理論に基づいて国家の将来を決める政府の基本方針を立てることを私は絶対に認めることはできない。以下の引用文を読んでいただきたい。

「・・自然の事物・現象の性質や規則性、真理などの特性に対する考え方の転換である。自然の特性は、人間と無関係に自然の中に存在するのではなく、人間がそれを見通しとして発想し、観察、実験などにより検討し承認したものである。つまり、自然の特性は人間の創造の産物であるという考え方である。」
 これは雑誌の記事や座談会での発言の記録ではない。文部省の「小学校学習指導要領解説:理科編」からの引用である。今年のシベリアの記録的な寒さも、北海道の数十年ぶりの寒い冬も、そして先日のインドの大地震も、小学校教師は「これらは自然現象ではなく、人間の創造の産物である」と子供達に教えることが期待されているのであろうか。この解説を書いた文部省の担当官や作成協力者は、このような「科学観」で学習指導要領を作成する権限をどこから与えられたのであろうか。

(北村 正直:北大名誉教授、物理学・教育工学)