1996年11月1日(金)旭川市
−高校教育における生徒の自律的意見交換−
北海道旭川凌雲高等学校
http://www.ryoun-hs.asahikawa.hokkaido.jp
奥村 稔
okumura@ryoun-hs.asahikawa.hokkaido.jp
■1■ ネットワーク環境の概要 北海道旭川凌雲高等学校(校長・佐藤重喜、生徒数約千人)は、昨年四月に100校プロジェクトによってインターネットに接続され、以後なるべくオープンな環境での活用を目指して来た。 校内にはLANが構築され、インターネット・イントラネットのサーバなどが設置されたコンピュータ室、5台の端末が設置されている職員室、数カ所の準備室や進路室、そして生徒用のコンピュータが設置されているコンピュータ教室などが接続されている。 昼休みや放課後のコンピュータ教室は開放されている。170名程の生徒がメールアドレスを持ち、講習会を経て電子メールを使い、日本や世界の人々と交流している。他の生徒もWebをブラウズしたりするのは自由であるので、一般のコンピュータとして操作する生徒と合わせると、毎日が盛況の状態である。 校内の生徒や教師のメーリングリストの他、いろいろな業務に応じたメーリングリストを立ちあげ、コミュニケーションツールとしての面も重視している。 インターネット運用のための校内の組織としては、分掌として位置づけられた情報システム部があり、企画立案とプロジェクト牽引の実働部隊として活動している。インターネット委員会は、教科や分掌、部活動などの担当者が含まれ、学校生活全般にインターネットの活用が根付くような構成になっている。 校内LANの、イントラネットとしての活用も大きな課題の一つである。インターネットとは別のサーバ(WindowsNT Server)を立ちあげ、Webのブラウザのホームページとして連絡告知用のページを登録しておく。学校運営に関わるドキュメントをWebによって参照できるようにしておく。あとは電子メールでコミュニケーションを取ることが出来るのなら、これで相当有効な利用といえるのではないだろうか。 ■2■ ホームページ「北の響き凌雲」の運用 一般的な学校紹介や、生徒会、部活動の紹介、そして旭川市の紹介はもちろんのこと、Webの特性を生かしたインタラクティブなページを目指している。「剣道部が行く」などの交流を目指したもの、「MathOn-line」のように情報交換蓄積を目指したものなど、実験的試みもなされて来た。 資料性という見地からは、情報システム部の広報機関誌とでもいうべき「SQUIRREL」や、学校公開講座で用いたテキスト、校内研究組織「性・エイズ教育委員会」の成果発表など、様々なもののWeb化を行ってきた。郊外からの問い合わせを受けたものも多い。 学習資料としてWebを捉えると、有用なサイトのリンク集は欠くことが出来ない。「LINKfor LINK」はそのために作られ、凌雲高校のホームページから外部に出ていくときにはずいぶん活用されている。しかし本当に役立つリンク集であるためには、継続的な作業と、組織的な取り組みが重要であることには論を待たない。 生徒の手によるページ作りも行われている。京都・東京方面への見学旅行の研修報告集は、研修係の生徒たちの手によってHTMLで書かれ、スキャンした写真とともにWebに載せられた。さらに今年度の見学旅行では、事前に電子メールやWebによって情報が集められ、生徒の自発的な取り組みがなされた。生徒個人のページや部活動などのページ作りも進められ、コンピュータ教室の1台をサーバとして運用し公開されている。 「北の響き凌雲」は、インターネット・ウェイブ95において、ホームページアワード(教育・高等学校部門)を受賞した。 ■3■ 学習環境としてのインターネット 本校での授業における活用について例を挙げる。 物理では、生徒個人が学会のホームページを起点として自由なアクセスを行い、自分の興味あるサイトをプリントアウトした後、日本語に翻訳し、感想等をつけ加えたレポートを作成した。授業時間中では消化できないため、授業外での作業時間を多く要したが、生徒は面倒がらずに取り組んでいたように思う。 家庭科では、ある大学の栄養計算をするWebにアクセスし、その出力を用いた検討をすることで授業を構成した。前もって大学に高校生の使用の許諾を取る中で、担当教師もインターネットの素晴らしさを実感していたようである。生徒のコンピュータの台数分だけのソフトウェアを用意する必要もなく、Webに蓄積されたデータベースによるフィードバックが得られるなど、ネットワークの良さが充分に出ていたのではないだろうか。 地理では世界旅行というコンセプトの下、生徒各自のテーマに基づいたWebサイトの探索が行われ、レポートにまとめられた。こういった実践は、やもすると生徒だけが活動しているように思われるかもしれないが、事前調査を行う教師の教材研究はますます必要とされるようになる。 どこに行っても、「インターネットを授業にどう使っているのか。」という質問を受ける。本校のこうした実践や、海外との電子メールでの英語による交流などを別にすると、その質問のほとんどは、Webを情報データベースとして想定したものであろう。Webのアクセスを授業時間の中で行うにはあまりにも時間を無駄に使うことになるし、教師が想定したサイトをアクセスさせるのなら、何もWebを用いる必要性はない。 そこで各学校でのインターネット活用を基盤としながら、自由な意見交換の場を設け、生徒の自主性・自律性を促すのはどうだろうか。学校の枠を取り外した環境での交流を進め、生徒や教師そして学校間における新しい関係を構築する。さらに、このような広域ネットワークにおけるコミュニケーションを、学習支援環境としての考えるのである。 インターネットが道具として、また環境として、日常に溶け込んだ自然な使い方がなさ れるとき、この様な自律的意見交換の場は、まさに生徒自らが学ぶ教育的利用の基礎となるものなのである。 ■4■ 自律的意見交換の試み 4−1 社会的分散認知としての学習活動 教育では「学習の個別化」という名の下に、学習活動を生徒個人の情報処理システムとしてとらえることが多い。教師の側からの学習指導も、生徒の多様な認知の過程を、出来るだけ個別に理解しようとする努力と見ることができる。 生涯学習が叫ばれる今、社会的インタラクションに基づいた活動が求められているが、社会的分散認知という考え方に注目したい。ネットワーク上に成立するコミュニティでの、情報の蓄積や交換伝達などの過程で生じる参加者の学習をとらえる枠組みである。知識や学習を個人に閉じたものとしてとらえるのではなく、他者との協調場面や外的知識源へと拡張して考えるところにおいて、これまでの認知プロセスを一歩踏み出すものである。−−社会的共同作業としての学習を考える。 4−2 高校教育における生徒の自律的意見交換 この試みは、昨年度の100校プロジェクト共同企画の一つであり、今年度はその段階的発展を目指して企画されたものである。高校生の広域ネットワークにおけるコミュニケーションが、自律的に段階的発展を遂げるように援助し、最終的には学習支援環境として機能するように、その枠組みの構築を行っていく。 基本的には、メーリングリストという仮想的な環境でのコミュニケーションを中心とする。適宜ビデオ会議などのシステムの利用も行い、仮想的環境と現実の間のギャップを埋めるべく努力する。生徒の興味関心に合わせたメーリングリストの細分化を計り、その活性化を促す。また、生徒の「自律性の種蒔き」に関しては、昨年度の実践の流れを受けて、教師の適当な支援を強く必要としている。 メーリングリストの活性化には、メーリングリストが議論や共同作業の場であるという理解も必要であるし、自ら考えそれを公の場にさらして検討を加えて行くという、意志決定への態度の育成も求められている。 以上を実践して行くには、主体としての生徒、支援者としての教師の双方に、メーリングリストの運営者として核となるコア・メンバーが必要である。つまり、生徒会執行部ならびに生徒会指導部などという現実の学校組織の枠組みを流用し、抵抗なく活動していけるように配慮する。 仮想的なコミュニケーションが、現実の世界でのコミュニケーションにどんな影響を及ぼすかも、この実践の興味ある柱の一つである。このことを検討するために、ネットワーク・リーダーズ・キャンプを開催する。生徒や教師が実際に顔を合わせて、先進施設の見学や有識者との懇談、ネットワークやコミュニケーションに関しての検討や議論を行い、幅広い見識を身に付けようとするものである。 本企画の初期においては、メーリングリストの運営が軌道に乗ることを第一の目的とするため、昨年度の継続を基本とした参加校によってスタートする。なお参加校については、地域性を考慮して全国的な散らばり具合を配慮したこと、また、普通科・工業科・商業科などの校種も考えに入れた。メーリングリストの細分化以後は、オープンな参加を受け入れていく。 4−3 段階的計画案 【段階1】 (1)昨年度の交流実績、交流の構造などを示したWebを立ち上げ、新規の生徒や教師が交流に参入しやすいように便宜を図る。また掲示板システムなども構築し、メーリングリストだけでなく、交流の幅を持てるようにする。 (2)昨年度からの参加校が継続して交流しているが、各校の事情から夏休み明けになって生徒が参加可能になる場合がある。よって9月から、基本的枠組みを構築するため、一般生徒向けメーリングリストの正式運用を開始する。 (3)同時に、各校から2名前後の意欲ある生徒を推薦してもらい、コア生徒のメーリングリストを立ちあげる。一般生徒のメーリングリストの細分化や、交流の企画等について検討を行う。前年度の卒業生についても、アドバイザーとしての協力を拒まない。 【段階2】 コア生徒は生徒の立場から、教師は可能な範囲で学習の見地からテーマを提案し、一般生徒向けメーリングリストを細分化し活性化を図る。この場合、コア生徒や教師が細分化されたメーリングリストの担当を分担し、運営をしていく。多くの発言を引き出すと共に、その内容の深まりを期待する。 「留意点」 (1)生徒から提案されるテーマに偏りが出るのではないか。例えば音楽関係。 (2)教師が提案するテーマに、一般生徒が参加しないのではないか。それなりのテーマを我々も考える必要がある。 (3)長続きしないテーマもあるだろうが、メーリングリストの存続を引き延ばすようなことはしない。逆に、時代の流れに乗った、臨機応変なバブル的対応が望まれる。 (4)目的を持った細分化されたメーリングリストでは、「外部ボランティア」などを取り入れることも含めて、今年度はこの自律的意見交換を『物理的にも精神的にも開かれた学習環境』という捉え方で進めて行きたい。 (5)「自律の種を蒔く」という意味で、昨年度は控えていた教師の個別的支援を積極的に進める。 【段階3】 細分化されたメーリングリストの活動や、「自律的意見交換」としての枠組みが安定した段階で、全国の高等学校にアナウンスして、参加を呼びかける。 「留意点」 (1)全国に呼びかける段階で、学校単位に呼びかけるのか、それとも高校生個人での参加をも認めるのかという判断。 (2)ドッと参入者があったときにの、物理的・精神的混乱はないのか。 ■おわりに 高度情報通信社会に対応する「新しい学校」は、かっての学校という枠組みを超えたところから生まれる。インターネットがそれを可能にする唯一のツールというわけではないが、少なくとも私たちは、前向きに動き出すに値する状況に立っている。 「自律的意見交換」の枠組みが、広域学習環境として果たしてうまく機能していくかについては、実証実験的な性格が強い。うまく行くのも失敗するのも、それぞれが次ぎにつながる成果となろう。多くの積極的な学校の参加を呼び掛けることで、この企画の検証を確かなものにしていきたい。