ネット上のコンテンツの充実

−時代を引き継ぐコンテンツの蓄積化・共有化の重要性−

札幌新川高校 早苗雅史

1 教育の情報科が進む中で見失ってはいけないこと

 教育の情報化は急速な勢いで教育現場に浸透してきています。特に最近は,コンピュータネットワークやITを活用した自学・自習システム「e-Learning」が隆盛を極めています。学習者はいつでも,どこでも,何度でも,インターネット環境さえあれば自由に学習ができるという利点があり,WWWをインフラとして活用した多数の学習者に対する低コストな学習環境を提供してくれます。
 確かにこれも「教育の情報化」の一つの形態であり,推進する大きな力になることは間違いありません。しかし,こうしたシステムが確立されていく中において最も重要なのは,やはりコンテンツが如何に充実しているかだといえます。たとえシステムが変わろうと,研究された教材や実践例はいつの時代になっても,その価値は消えうせることはありません。「コンテンツの重要性」という観点を基本的な押さえとして考えていかなくてはならないといえます。

2 ネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」

 ネットワーク型教材財データベース「数学のいずみ」は北数教・数学教育実践研究会(数実研)の日常的な活動内容をベースに,数学に関する様々な内容を網羅したWebページです。
 「情報化社会における数学教育の多岐にわたる必要性」や「体系的に組み立てていく数学の考え方」のみならず「それらを積極的に活用する」態度の育成が求められる中,数実研の活動は「教材およびそれらの関連性を分析し,生徒達に効率よくその教材のもつ本質的意味を理解させる」ことを目的としています。あくまで「教材の研究分析」に力点をおき,実践に使える教材の研究を主体とした活動を展開してきました。
 数実研ではこうした活動を更に広め,また多くの人と共有することができないかと考え,ネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」を立ち上げたのです。目標とするのは「公開」「連携」「蓄積」です。この3つが柱となり,単なる研究会の公開ペ−ジにとどまらない,より数学教育に根差したページを目指しています。決して「情報化」を前面に押し出しているわけではありません。あくまで「数学」の内容を重視した構成を重視した作りとなっているのです。

3 授業実践や手作り教材の重視

 コンテンツの内容は多岐にわたっています。「数学トピックス」では学校の授業や教科書にとらわれない様々な話題を集めています。例えば『折り紙と塩山で学ぶなわばりの幾何』(加藤渾一)では「4つの境界で囲まれた領域を,各境界から最も近い領域で区割りをするにはどうしたらよいでしょうか」といった区割りの問題を、折り紙や塩山を用いて解説しています。「実践記録・レポート」では普段の授業における実践記録や,数学教育に対する様々な考えを収録しています。例えば『わかる数学をめざして』(大山斉)では,様々な教具を取り入れた授業やストーリー性を取り入れた試みを紹介しています。北海道の高校生の数学に関する資質の向上や個性的な能力のある生徒の発掘を目指す「北海道高等学校数学コンテスト」では,数学に対する思考力を試す問題が出題されてきました。例えば国政選挙の当選者確定システムであるドント方式の問題やフラクタル図形の問題,和算の問題などが出題されました。
 この外にもテーマをしぼって様々な角度から検証する「テーマ別共同研究」や長年の実践の中からシリーズ化された「数学の小手技」「数学玉手箱」などがあります。

=塩山を用いた最適配置問題==教具を用いた関数の最大最小=

4 コンテンツの共有化

 最大の特徴は複数の著者による日常的な教材研究や実践記録を収録している点です。日常のコンテンツをデジタル化・公開することで,より多くの意見を集約するとともに,更にそれを現場に還元させることを考えています。研究会活動そのものの充実が基本となっています。
 内容面で最も重要視しているのは「テーマ別共同研究」です。一つのテーマから更に深い内容へと発展させたり,同じ教材を別な角度から検証,深化させることで,よりよい教材が生まれてきます。例えば『多角形をたたむ』では,「多角形はすべての辺だけが一直線上に重なるように折りたたむことができる。さらに,多角形はすべての頂点が重なるように折りたたむことができる」ことを折り紙や塩山などを用いて説明します。また『教具「ハノイの塔」を用いた試み』では,数列の指導における代表的な教具「ハノイの塔」を用いた実践例や移動のルールを変えた「新・ハノイの塔」などが収められています。
 基本的には研究会の活動内容を中心に収録していくわけですが,ウエブの特徴から,研究会以外からのコンテンツ提供も増えてきました。公開することでの,更なる連携や発展が生まれてきているのです。

=全ての辺を一直線上に重ねる==ルールを変えた新ハノイの塔=

5 すぐに使える教材や数学に興味・関心を持たせる教材

 授業ですぐに使える教材や生徒の数学に関する興味・関心を持たせる教材も数多く収録しています。『数学の小手技』では教師が授業ですぐに使える題材を生徒との会話形式で納め,『メイくる数学』では簡単手軽に作成できる教具の作り方を収録しています。また『数学玉手箱』では難しい数学を,中学生でも楽しめるように,図やイメージを豊富に取り入れた内容となっています。これは一種のWeb型教科通信になっていて,いつでも手軽に引き出せるようになっています。

6 人と人のネットワーク

 授業でのちょっとした工夫や教材研究した内容が,次にも引き継がれ,更に改善されていく,それが大事だといえます。せっかくのすばらしい内容や実践報告が埋もれてしまっては意味がありません。これまでの実践や研究内容を蓄積していくということは「情報の蓄積・入手」「時間・地域による制約の除去」などといったネットワークの利点を最も活かした方法だといえます。オフラインとしての研究会とウエブでのコンテンツ公開が両輪となり,より多くの先生方の力を結集することが可能になります。北海道という広い地域性の中,草の根の研究組織,情報発信の中心的役割を果たしているといえます。  研究組織の衰退を耳にする昨今,北海道はもとより,道外の多くの先生方との連携も生まれました。ウエブでの連携はもとより,オンラインでの交流は私達により多くの経験と活力を与えてくれました。また,数学に携わる人たちだけではなく,数学に興味ある幅広い層から,多くの意見や質問も頂いています。ネットワーク時代に最も大切なのは,「人と人とのネットワーク」ではないでしょうか。

7 日常的な研究活動の必要性

 日常的な研究会活動を続けていくことは,会員の先生方の協力が必要です。多くの先生方がどんなことを考え,どんなことを要求しているのか,そうした運営の仕方の工夫が必要になります。研究会活動の充実そのものが,更なるコンテンツ充実のための必要条件になるわけです。
 ネットを通した可能性は大きく広がっています。個人としてのページは増加しているにもかかわらず,組織としてのページの広がりはそう多くはありません。「数学のいずみ」に修められている『マルティメディア時代の教育』(北村正直)では,「数学」に関する教育用コンテンツの絶対量が欧米に比べて圧倒的に不足していることが指摘されています。こうした中,コンテンツ公開による数学教育充実のための役割が,今後も求められているといえます。

(このレポートは,明治図書『数学教育 2004.9』に掲載されたものです。)