コンピュータを利用した数学教育の展望

北海道札幌稲北高等学校 早苗 雅史

概 要:高等教育の現場においても急速に進む「教育の情報化」。新教科「情報」の登場や校内LAN設置による授業形態の変化など,コンピュータを用いた教育は確実に大きな変革期を迎えている。そうした中,教育用コンテンツの不足が大きな問題点として指摘される。現場に即したコンテンツをいかにして構築していくか,そうした「構築手法」自体の開発・普及の研究が必要であろう。

検索語:

教育用コンテンツ,教材データベース,校内LAN

1.高等学校数学現教育課程におけるコンピュータ

 高等学校の現行課程においては,「各科目を通じてコンピュータ等の教育機器を活用して指導の効果を高める」よう配慮し,「数の計算に当たっては,必要に応じて電卓,コンピュータ等を使用させて学習の効果を高める」ことが求められている。具体的には科目「数学A」「数学B」,「数学C」それぞれに,コンピュータを中心とする単元が置かれている。科目「数学A」の「計算とコンピュータ」では,流れ図とプログラム,コンピュータによる計算を扱い,「数学B」の「算法とコンピュータ」では,アルゴリズムといろいろな算法を扱う。「数学C」の「いろいろな曲線」ではコンピュータを活用することで色々な曲線を観察,考察し,簡単な図形については実際に描けるようにすることが求められている。 このように現行課程では選択科目の中の一単元の中で,コンピュータに関する単元が設定されているが,実際には一部の教師のもとでしか学習されていないのが現状である。その理由としては内容的な側面,設備を始めとした環境,教師の力量,その他様々な要因が考えられる。

2. 新課程におけるコンピュータの扱いと新教科「情報」の登場

 平成15年度からの新課程においては「数学B」のおいてのみ,コンピュータが扱われることになった。内容としては「統計とコンピュータ」における資料の整理及び分析への活用と,「数値計算とコンピュータ」のおける簡単なアルゴリズム理解の2箇所である。つまり,これまで数学A,B,Cそれぞれあったコンピュータに関する部分は,数学Bの一部を除いて消えることになったわけである。
 反面,新課程では新教科「情報」が必修科目として設置されることとなった。普通科目「情報」は,様々な情報を活用するための知識と技術の習得を通して,情報に関する科学的な見方・考え方の習得すると共に,情報社会に主体的に参加する能力・態度の育成を目標としている。
 こうした新教科登場の背景には,学校現場において"コンピュータを用いた教育"というものがなかなか浸透しない現実と,急速に進む情報化社会との大きなギャップが生じていたことが原因と考えられる。
 ここで問題となるのは新教科「情報」の登場で,コンピュータを用いた数学教育の後退が危惧されることである。教科「情報」において習得した知識・技術や基本的な態度を他の教科へも効果的に活用していくことが当然理想である。しかし,次期新課程では実質的にコンピュータを扱う部分が削除され,現場の数学の少なからぬ教員が「情報」の免許を取得している状況を考えると,少ないながらも培ってきたコンピュータを用いた教育が後退するのではないかという大きな危機感を抱かざるを得ないのである。

3. 校内LAN設置による授業形態の変革

 そうした状況のもと期待されるのは「教育の情報化」プロジェクトによる校内LAN設置である。全ての教室にコンピュータとプロジェクタを設置し,インターネット接続を可能にするこのプロジェクトは,既に平成12年度から開始され6ヵ年で整備される予定である。コンピュータやインターネットを『道具』として活用できる環境を作ることにより,「分かる授業」を目指そうというものである。
 こうした校内LAN設置による環境整備が進むことで,学習形態にも当然大きな変化が生じることが期待される。従前の形態では限界がある内容を視覚的に説明することで,より効率の良い授業を展開が可能になる。また,インターネットを教材庫として,Web上から様々な教材を提示することが可能になるのである。
 しかし,現実に目に見える変革があるかどうかは,生徒の理解力を上げたり,興味・関心を引き出すために,どれだけ"効率がよい"授業を行うことができるかどうかが問題だといえる。そのためには何が必要なのか。ハード的な環境整備が達成された場合,必要なのはそれを活用するだけのコンテンツがあるのかどうかである。

4. 良質なフリーソフトの出現とそれを利用したコンピュータ利用の場面

 手軽に教室でパソコンを用いたプレゼンテーションできる環境が整う中,数学用の機能性に富んだ良質なフリーソフトの役割も増加すると考えられる。
 これまでも,コンピュータを道具として"ワンポイント"で活用する実践例は少しずつ増えてきている。それを可能にしたのは,良質なフリーソフトの出現とネット上からの配信である。ネット上からいつでも最新のものを簡単に手に入れることができ,またフリーとは思えないような優れたインターフェースを備えているため,誰でも簡単に操作することができる。こうしたフリーソフトは,指導の効果を高め,よりVisualで分かり易い授業を実現させた。グラフ作成や平面幾何,3次元空間,アルゴリズムなど,ソフト毎の利点を生かして,その場面場面に適した使い方が容易にできる。校内LAN環境の整備に伴い,こうしたフリーソフトを用いた実践例の蓄積も今まで以上に重要になっていくであろう。

5. 不足するコンテンツ 〜求められる教材のデータベース化

 こうした「教育の情報化」のための校内LAN整備には,機器の設置やインターネット整備などの環境整備がきちんと進むのか,またそうした機器の維持管理をどうするか,など残されている課題も多い。しかし,それ以上に大きな問題点は教育用コンテンツをどうするのか,という点である。
 「教育の情報化」プロジェクトでは'05年度までに学校教育用コンテンツの構築手法の開発や,その成果の普及等を図ることになっているが,その具体的な内容や成果ははたしてどうであろうか。
 既にWeb上では様々な情報が公開されてはいる。しかし,欧米に比べるとその絶対量は圧倒的に少ない。特に生徒用向けの教材や教師向けの授業に使える教材,実践事例など,コンテンツ不足は明らかである。
 検索サイト(infoseek)の日本語サイトで「高校数学」で検索しとところ,3,000件弱のサイトが検索されたのに対して,英語サイトで「school mathematics」で検索すると750万件をこえるサイトが検索された(2001.1)。どれだけ有用なサイトであるか,という質の問題もあるであろうが,圧倒的なコンテンツ不足は明らかである。これは技術や量の問題ではなく,一種の文化の問題であり,慣習の問題だとも考えられる。
 現場に即したコンテンツをいかにして構築していくか,そうした「構築手法」自体の開発・普及の研究が必要である。

6. データの蓄積の一翼として 〜Webページ「数学のいずみ」

 そうした中,北数教高校部会では'97年からネットワーク型の教材データベース「数学のいずみ」を公開している。このページは日常の研究会活動をベースに,数学に関する様々な教材のデータベース化を目指している。
 内容としては,数学にまつわる様々なトピック,普段の授業実践の報告例,一つのテーマをもとに研究を深めていくテーマ別共同研究など,数学に関する幅広い題材を収録している。多数の現場教師や大学関係者が執筆し,収録されているレポート数は既に250本を超えている。
 また,地域の高校生の数学の資質向上のために長年実施してきている「北海道高等学校数学コンテスト」の問題や数学の話題を図やグラフを多く用いて生徒用に分かり易く説明するシリーズ物など,数学の魅力をできるだけ伝えられるように工夫している。
 こうした活動の積み重ねは,Web上でのデータ蓄積の一翼を担うようになってきた。校内LAN整備が進む中で,より授業に使える教材作りの蓄積が求められている。これまで蓄積されたデータを,更により現場に即した形での還元の仕方が必要であろう。
 ネットワーク型の教材データベース「数学のいずみ」 http://www.nikonet.or.jp/spring/

7. Web上での日常的な意見交換

 「数学のいずみ」の中で最も特徴的なのは,興味あるテーマをもとに教育的な観点からネット上で話題を深めていこうというものである。具体例をあげると,
 「2つの円
   x2+y2=1 …@,x2+y2-6x-8y+16=0 …A
 の交点を通る直線は何か」
という問題を,@−Aより 6x+8y-17=0としてしまうのは,テクニック偏重の受験数学の最たるものである。」
 このテーマをもとに幾何的な側面や複素数をめぐる観点などから分析が行われた。また,派生的に「受験数学」とは何だろうか,といった論議も起こった。参加者も高校生から社会人までに至り,テーマによっては分析・議論自体が一つの教材となりうることを示したのである。
 その他にも「正多角形の基底を変換することによって得られる"変身n角形"をもとに,正n角形に関するベクトルの問題を比較的簡単に解くことができるのではないだろうか。」などテーマの面白みによって,より深い内容の構築が可能となる。
 こうした手法を可能にしたのはメーリングリストを含めた媒体としてのメールやWebコンテンツといったメディアの存在があげられる。

8. まとめ

 新教科「情報」の登場や校内LAN設置による授業形態の変化など,コンピュータを用いた教育は確実に大きな変革期を迎えている。そうした中,これまで述べたように教育用コンテンツの不足が大きな問題点として指摘されるのではなかろうか。現場に即したコンテンツをいかにして構築していくか,そうした「構築手法」自体の開発・普及の研究が必要であろう。
 コンテンツの内容として具体的には,
 こうしたものをデータベース化して蓄積する必要がある。現在は県レベルでの試行があるだけであるが,もう少しグローバルな視点からの構築が必要であろう。「教育の情報化」プロジェクトにおける今後の展開が待たれる。

<参考資料>

(2001年度 数学教育学会春季年会)