札幌丘珠高等学校  坪谷 隆丸

1 はじめに

 6月14日 札幌東陵高校の佐藤先生から「9月の北海道算数数学研究大会での研究発表をやってくれないか」との電話をいただきました。
 どんな発表をすればよいのか悩み、同僚の先生方にも相談しました。そこでこの際、以前から疑問に思っていたことを研究してみたいと考えました。私は昭和58年から5年間浦河高校に勤務しました。その中でアイヌの人々に対する様々な差別があることを知りました。その中に、「数を数えられない」というのがありました。ユーカラの様に膨大な長さを持つ語りを(文字を持たずに)記憶し、伝承している民族が数的概念もなしに思考することが、できるはずがないとは思ってはいたのですが、好奇心より目前の雑事に追われ、きちんと調べることもなく、長い長い月日が過ぎていきました。
 様々な書物の引き写しに終わってしまった感もあり、残された課題も多いと思います。

2 アイヌの人々の数詞

 平成8年出版「萱野 茂のアイヌ語辞典」によれば

「アイヌが数を数える時は1から20までいったら、マッチの棒あるいは印になるものをひとつ置いて、もう一度1から20まで数える。印のものが5個になったらアシクネホッ=五つの20、つまり100になる。」
そうです。

 また、1992年出版「アイヌ語の起源」村山 七郎氏著中の金田一 京助氏の論文によれば

「アイヌ語には、1,2,3,4,5を表す独立の数詞だけがあって、6,7,8,9,10を表す独立の数詞はない。アイヌ語の数詞体系は20進法(vigesimal system)と独特の5進法(quinary system)とからなり、メラネシア語の一部の数詞体系との類似は否定できないのではあるまいか。」
ということです。

 以下は数詞ですが、萱野氏による「萱野 茂のアイヌ語辞典」と、平成元年発行「北海道あいぬ方言語彙集成」吉田 厳氏の著作から探しました。

 「萱野 茂のアイヌ語辞典」での表記はカタカナでした。

萱野 茂氏による  北海道あいぬ語語彙集成  吉田 厳氏著より

 萱野茂のアイヌ語辞典日高あいぬ方言十勝あいぬ方言釧路あいぬ方言
1しね sineしね shineしね shineしね shinep
2 つ tu tubない tunnnai
3れ reれ re rep,reb rep
4いね ineいね ineいね inep,inebいね inep
ゆーぴ yubi
5あしく asikあしきね asikineあしきね ashikinepあしきね ashikinep
6いわ iwanいわ iwanいわんべ iwanbeいわ iwan
7あらわんぺ arawannpe あらわんぺ arawannbeぶら hupbura
8と゜ぺし tupes とべさんべ tobesanbeつべし tubeshi
9しねぺさんぺ sinepesanpe しねべさんべ shinebesanbeはいな haina
10わんぺ wanpe わん wan
わんべ wanbe
わんべ wanbe
はちけ hachike
11しねぺいかしまわ
sinepeikashimawanpe
 しねべいかしまわ
shinebeikashimawanbe
 
12いかしまわんぺ
tupikashimawanpe
 いかしまわ
tupikashimawanbe
 
13いかしまわ
repikashimawanpe
 いかしまわ
repuikashimawanbe
 
14  いねいかしまわ
inepikashimawanbe
 
15  あしくねいかしまわんべ
ahikuneikashimawanbe
 
16  ゆわべいかしまわ
yuwanbeikashimawanbe
 
17  あるわべいかしまわ
aruwanbeikashimawanbe
 
18  (とべさんべいかしまわべ)
(tobesanbeikashimawanbe)
 
19  しねべさべいかしまわ
shinebesanbeikashimawanbe
 
20しねほ sinehot hot hotれほ rehot
21しねぷいかしなほ
sinepuikasimahot
 しねべいかしまほ
sinebeikasimahot
 
22と゜ぷいかしまほ
tupikashimahot
 とぷいかしまほ
topikashimahot
 
23  いかしまほ 
repikashimahot
 
24  いねいかしまほ 
inepikashimahot
 
25  あしくねいかしまほ
ashikuneikashimahot
 
26  ゆわんべいかしまほ
yuwanbeikashimahot
 
27  (あらわべいかしまほ
(awawannbeikashimahot)推測
 
28   とーさんべいかしまほ
tosanbeikashimahot
 
29  しねべさべいかしまほ
shinebesanbeikashimahot
 
30  べえとほ 
wannbeetohot
 
40  とほ tohot 
50  べえれほ 
wannbeerehot
 
60れほ rehot   
70    
80いねほ inehot   
90    
100あしくねほ asiknehot
しねくんくと゜ sinekunkutu
   
120いわんほ iwannhot   

 1993年発行「アイヌ語の研究」村山 七郎著によれば数詞の6〜9について
 1917年 B.Lauferの論文「アイヌ語における20進法と10進法」から

6: i(ine)-wan で 10-4
7: a-ra(re)-wan で 10-3   aは接頭語
8: tu-pe-san で 10-2
    neは接尾語、peは「物」、sanは「10」;独立の数詞を表す←誤り
9: si(sine)-ne-pe-san で 10-1

 村山氏は

5: ashik-ne          ashkeで「手」
6: i(ine)-wan で 10-4
7: ar-wan で 10-3
8: tupe-san で 10-2
9: sinepe-san で 10-1
    10は u-an「両方(=両手)・有り」にさかのぼり独立の数詞とは考えられない。

* 萱野 茂氏について

大正15年平取町に生まれる
昭和40年北海道文化財保護協会文化財保護功労賞
昭和50年菊池寛賞「ウウエペケレ集大成」
昭和52年平取町教育功労賞
昭和53年北海道文化奨励賞
昭和53年度より北海道教育委員会「アイヌ語民族文化財 ユーカラシリーズ」をT〜]XVまで発刊するなど著作多数。
平成5年北海道文化賞
平成8年5月「萱野 茂のアイヌ語辞典」を発刊する。
現在 参議院議員・シシリカム二風谷アイヌ資料館館長・著述業

* 村山 七郎氏について

1908年茨城県に生まれる。ベルリン大学にアルタイ系諸言語、アルタイ比較言語学を学ぶ(1942 年−1945年)。
順天堂大学教授、ルール大学客員教授、九州大学文学部教授、京都産業大学外国語学部教授、同大学国際言語科学研究所所長日本語会常任委員、同評議員など歴任
主著「漂流民の言語」「北千島アイヌ語」「日本語の起源」(共著)「日本語の語源」「日本語の研究方法」「アイヌ語の研究」「アイヌ語の起源」など多数
*吉田 厳氏について

明治15年福島県に生まれる。
明治36年小学校教員に奉職し、39年8月北海道に移住し十勝豊頃村役場勤務後、音更村小学校教員となる。
40年4月芽室村に転任し、虻田へ移り、北海道土人救済会虻田学園の教員となる。
43年5月東京人類学会に入会し、44年1月虻田小学校、さらに日高沙流郡請負土人学校。
大正2年2月十勝豊頃の報徳教育所(後に尋常小学校)の校長を拝命。
4年12月帯広の第二伏古尋常小学校に移り、昭和6年廃校まで勤務する。
その後帯広に住み、アイヌ研究に没頭し38年5月82歳で永眠する。
アイヌの人達とともに生活し、教育に従事される傍ら、半世紀にわたってアイヌ研究家としての道を一筋に歩んだ篤行の人である。
「北海道のあいぬ方言語彙集成」は昭和27年につくられた。これ以前はアイヌ語の研究書と言えば、ジョン・バチェラー氏の「アイヌ・英・和辞典」のみで、昭和28年に知里 真志保氏の「分類アイヌ語辞典」が出版された程度であった。
この本は梅原 猛氏の勧めで平成元年に発行された。
*数の数え方について

3 加法

 「いかしま ikashima」という動詞があります。意味は「残る」、「余る」という意味です。これがどうやら「足す」の意味のようです。

例: しねべいかしまわべ  しね + いかしま +わべ で1+10 すなわち 11を表す。
  shinebeikashimawannbe  shinebe  ikashima  wanbe

4 減法

 「え e」という動詞があります。意味は「より引く」、「より取る」、「より減ずる」、「より減らす」という意味です。e=mainas

例: わべえれほ  わべ + え +れほ で 60-10 すなわち 50を表す。
  wannbeerehot   wanbe    e   rehot

5 乗法

 60を表す「れほ」は 3×20 の意味で れ×ほ ということだと考えられます。

日本語の九九にあたるようなものもあると思うのですが、見つけられませんでした。
  →課題2:九九

6 除法

 半分(arke,emko)という言い方はあるのですが、「2分の1」ではないので除法は見つけられませんでした。 →課題3:除法

→課題4:分数

7 混合算

例: しねいかしまわんえとほ しね+いかしま+わん+え+と+ほ で1+(2×20-10)すなわち31を表す。
  sineikasimawanetohot   sine  ikasima  wan  e  to  hot

例: しねいかしまわんえとほ しね+いかしま+わん+え+と+ほ で1+(2×20-10)すなわち31を表す。
  sineikasimawanetohot   sine  ikasima  wan  e  to  hot

8 〜回の言い方

 〜すい suy を付ける

1回しねすいsinesuy
2回と゜すいtusuy
3回れすいresuy
4回いねすいinesuy
5回あしくねすいasikunesuy
6回いわんすいiwansuy
7回あらわんすいarawansuy
8回と゜ぺさんすいtupesannsuy
9回しねぺさんすいsinepsannsuy
10回わんすいwansuy

9 年や月や日のの言い方

 萱野氏による吉田氏による
1年 しねぱ shinepa
1月しねちゅぷ sinecup 

1日

しねと sineto 
1月 えかえ kuwekawe
正月 いのみち inomichip
正月三が日 あしりいのち ashiri,inomichip
2月はぷらぷちゅぷ haprapcup 
3月もきうたちゅぷ mokiutacup 
4月しきうたち sikiutacup 
5月もまうたちゅぷ momawtacupしきうたち shi-kiutachip
6月しまうたちゅぷ simawtacup 
7月もによらぷ moniyarapしまうたちうぷ shimautachip
8月しによらぷ siniyorap 
9月うれぽけちゅぷ urepokecupしにおら shiniorak
10月とえたんねちゅぷ toetannecupうれぽ urepok
11月くうえかいちゅぷ kuekaycupしねあ sineanncup
12月ちうるぷ ciwurup churup

11 終わりに

 多くの課題が残り、残念です。数学的にはあまり役に立たない自由研究となりましたが、授業の息抜きの資料として触れていただければ幸いに思います。