さて行列が高校数学に登場した初めての年,行列の持つ意味とか1次変換などという捉えどころのない題材に対して豊かなイメージを与えることはできないかと現場での模索が続いていた。このような背景のもとで「猫の絵写し」が小沢健一先生によって発表された。
図例1 による変換 | 図例2 による変換 | 図例3 による変換 |
図例1がによって写された猫である。猫は若干つぶれるが,しかし再び猫になっていることが分かる。さらに図例2,図例3を紹介する。
1次変換は線型性といわれる性質を持っている。この性質は猫写しでいえば,
○原点は動かない
○直線は直線に移る
○直線上の線分の長さの比は写ったあとも保たれる
などという図形上の性質として現れる。これが,つぶれたり回転したりしても何とか猫の形を保つ理由である。もっとも図例3の場合は完全につぶれてしまい猫は線分状態になってしまっている。どのようなつぶれ方をするかは,もちろん変換式による。特に変換の行列との関係は次のようになっている。
行列式をΔとするとき
(1)Δ>0ならば右向きの猫になる
(2)Δ<0ならば左向きになる
(3)Δ=0ならば線分状態につぶれてしまう
(4)|ad−bc|が拡大率を表す
以上一部分を除いて引用させて頂いた。この“猫”は数学教育に大きな影響を与え,やがて「数学セミナー」の表紙を飾ったり教科書に顔を出したりした。
高校における線型代数への取り組みとしては,以上のような性質をいろいろな形で調べ学習してきたといってよいであろう。
(例題1)平行四辺形ABCDにおいてABを2:1に内分する点をG,BCを3:1に内分する点をF,DAの中点及びDAを1:2に内分する点をE,Hとする。いまGHとEFとの交点をIとするとき,をととで表わせ。
ありふれた問題であるが次のような解き方が正統的なものとみなされている解法であろう。
次にちょっとした方法で解いてみよう。まず(図4)をもとにして(図5)を作る。
(図5)より=(1,0),=(0,1),直線GHの方程式はy=−x+2/3,直線EFの方程式はy=x/4+1/2,直線GHと直線EFの交点Iはx=2/15,y=8/15よりI(2/15,8/15)となる。これをもとにして,
=(2/15,8/15)=2/15(1,0)+8/15(0,1)
=2/15+8/15
先程ベクトルの1次独立性をもとにして解いたものと同じ解答が得られるのである。これは偶然の一致ではなく,1次独立性に深く根ざした解法なのである。(図4)と(図5)とは全く違った図なのである。それなのに(図5)をもとにして導いた解答が(図4)の解答とみなしてよいとは如何なる根拠にもとづくものなのか。(図4)と(図5)とを注意深く比較してみると(図4)で平行な線分どうしは(図5)でも平行となっている。また(図4)での同一直線上或は平行な直線上での線分比は(図5)の上でも保たれている。つまり(図4)と(図5)とは1次変換の重要性質にもとづいて(図4)が(図5)に移っていったと考えることができ,またそのような1次変換fは必ず存在するのである。そしてこの1次変換fは必ず逆変換f-1が存在するようなfなのである。しかし(図4)と(図5)の関係では1次変換の式表現は一切表には出ていない。その代りに(図4)から(図5)を書いてゆく中で我々は1次変換fを“実行”しているのであるといってよいであろう。そして(図4)とは原像であり,(図5)は像なのである。原像と像との関係においてベクトルの関係式は1次変換によって変わらないから(図5)におけるを表わす式は(図4)においても同じ関係で表されることになるのである。この解法では1次変換は表には出てこないが,解法の底流を支える重要理論であることは変わらない。清水先生が1次変換をUFOと名づけ,このような解法をUFO作戦と名づけたのは実にすばらしい命名であると思うのは私一人だけであろうか。
(例題2)正六角形ABCDEFにおいてCDを1:2の比に内分する点をGとする。AGとBFの交点をPとするとき,をとで表わせ。
次に(図7)をもとにして解いてみよう。
何とも不思議な解法ではある。(図6)は正六角形であるが(図7)に至っては正六角形ではないのである。それでいて正六角形に関する問題を解くことができるのは(図6)を原像,(図7)を象とする1次変換fが存在し,像をもとにして求められたの式は逆変換f-1によって原像においても成り立つ関係式であるとみなすことができるからなのである。私は原像としての図を(元図),象としての図を(新図)と呼び,正六角形が1次変換によってデフォルメされてできる六角形を“変身六角形”と呼んでいる。
そこで正六角形に関する問題は,まずあらかじめ“変身六角形”として(図7)の六角形ABCDEFを念頭におくとき,問題に応じて簡単な成分計算として処理してしまうことができるのである。以上(例題1)や(例題2)の方法は清水先生の創案によるものであるが,多くの受験生がこの解法に接してゆくうちにベクトルへの苦手意識を解消していったのであった。
私の前任校(札幌東高校)でも授業や受験対策の講座でこの方法を積極的に指導してきたのであった。がそのうちに私は生徒の質問に悩むことになった。その質問とは問題を真剣に考える受験生なら当然抱くであろう疑問であった。彼等は正八角形の問題をUFO作戦で解くためにはどんな図を書いて考えたらよいのかと質問してきたのである。中には正十二角形の問題を持ってきて,これをUFO作戦で解きたいのだけれどもどんな図を書いたらよいのか教えてほしいというのもあった。苦し紛れにいくつかの図を書いて渡したりしたのであったが幸いなことにすべての図で正解に達するのであった。そのような問題をふりかえってみよう。
(例題3)正八角形A0A1A2A3A4A5A6A7において,=,= とする。
(1)次のベクトルを,を用いて表わせ。
=( )+, =( )(+)
(2)=( )
さてこのように(図9)をもとにして正八角形に関する問題を解くことができるのだが,一般に正多角形を1次変換によって写すときどのようなデフォルメされた多角形がえられるのか,そのころはよく判らなかった。正多角形A0A1A2・・・An-1においてととを基底とする。1次変換によってが(1,0)に,が(0,1)に写るときに他のA0A1A2・・・An-1という点はどのような点に写ってゆくのであろうかという問題を解決すればよいのだが,それがなかなかよい考えが出てこないで悩んだこともあったのである。
以上の問題に明解な解決を得たのはそう昔のことではない。昨年の日数教山口大会において,一応の成果を発表させて頂いたが,数実研の「数学のいずみ」の中にも“正多角形の変身〜おもしろいデフォルメ”として拙文おさめて頂いた。そこで紙面ではこれ以上言及する必要はないと思うのだが,正多角形の変身について明解な見通しが得られたことによってベクトルのUFO悪戦は入試問題解法として完全な理論となったといえるのだと私は思うのだ。
しかし,清水先生も私も入試問題の解法という枠の中で,像を通して原像を知るという発想を実践してきたのである。今回の中村先生のレポートは入試問題の枠を離れて図形の変身に迫ろうとしている。このような新しい発想の中から豊かな世界がひらけてくるかもしれない。そのような期待をそこはかとなく湧き出させられるレポートであると感じた。
あとはご本人に語って頂くことにしよう。