考えてみると,ベクトルの概念ほど各自のイメージが異なっている数学的対象も珍しいのではないかと思う.逆に考えれば,たいへん豊かな数学的内容をベクトルはもっているということになる.高校の指導要領ではベクトルを「同じ向きと同じ大きさをもった有向線分の任意の一つで代表される」もの1)として定義しているが,これがベクトルの計算はできてもベクトルの概念がわかりづらい原因ともなっている.大学では,ベクトル空間の公理を満たす集合の要素なら何でもベクトルと呼ぶ習わしになっており,これもまたあまりに広すぎる概念であり,何だか頼りない印象を受ける.本稿は,ベクトルの定義について筆者が考えていることを,思いつくままに途べたものである.率直なご意見,ご批判をいただきたいと思う.