(3) T AB=OとなるA,Bの必要十分条件は何か? |
A=(m,n),B=(n,l)とする。
Prop2 AB=O⇔ImB⊆KerA
Cor AB=O⇒rankA+rankB≦n
Def8(零因子の定義)
Aが零因子とは、OでないAに対して、∃B≠O s.t. AB=O または BA=O
このように定義して、『rankA+rankB≦n』を仮定すると、Aに対して『ImB⊆KerA』つまりB=(b'1…b'l)をKerA={a1…am}⊥のsub.sp.ととれば、Corのも成立。
この結果、Tの回答として『AB=O⇔rankA+rankB≦n』が得られる。 ☆☆
4 任意の行列Aに対して、AB=O,CA=OとなるB,Cをそれぞれ構成せよ。 |
AB=OとなるBの構成については、3で明らかになった。
次に、CA=OとなるCの構成については,Cを(k,m)行列とすると☆☆より、『CA=O⇔rankC+rankA≦m』が得られる。
具体的には,Prop1を使うと、Vm⊇ImA:sub.sp.より、Vm=(ImA)(ImA)⊥
(ImA)⊥≡{x∈Vm:xSa'i=0,1≦∀i≦n}={tx∈Vm:txA=0}
ここで、行ベクトル:tx=(x1…xm)∈VmはVmのsub.sp.である。よって、
ci∈Vm
1≦∀i≦kの構成は、Aに対して、{c1…ck}を(ImA)⊥のsub.sp.ととればよい。
以上の中で、『Def8(零因子の定義)』からを、訂正、補足します。この中の、☆☆は成立しません。何故なら、『rankA+rankB≦n』を仮定すると、そのときA,Bは、既に与えられているので、Aに対して『ImB⊆KerA』、つまりB=(b'1…b'l)をKerA={a1…am}⊥のsub.sp.ととることはできないからです。
したがって、これに関係した部分を、下記の通りに訂正します。
また、この訂正の中で、左零因子、右零因子を使っていますので、上記のDef8(零因子の定義)『Aが零因子とは、OでないAに対して、∃B≠O s.t. AB=O または BA=O』を、本稿7頁のDef1で、左零因子、右零因子、可換零因子まで言及して再定義しました。
[訂正後]
上記Prop2のCorの逆は、成り立たない。
本稿7頁のDef1のように定義すると、Uの回答は、与えられたAに対してProp2より、『ImB⊆KerA』、つまりB=(b'1…b'l)をKerA={a1…am}⊥のsub.sp.となるようにBを構成すればよい。B=Oは自明であるので、これを除外したBが構成できるためのAの条件を考えると、次のようになる。
Prop3 Aが左零因子⇔1≦rankA≦n−1
Cor1 Aが右零因子⇔1≦rankA≦m−1
Cor2 Aが零因子 ⇔1≦rankA≦Max(m,n)−1
次に、CA=OとなるCの構成については,Cを(k,m)行列とすると,Prop1より、
Vm⊇ImA:sub.sp.、Vm=(ImA)(ImA)⊥
(ImA)⊥≡{x∈Vm:x・a'i=0,1≦∀i≦n}
={tx=(x1…xm)∈Vm:txA=0}
はVmのsub.sp.である。
よって
ci∈Vm
1≦∀i≦kの構成は、Aに対して、{c1…ck}を(ImA)⊥のsub.sp.ととればよい。
[以上、訂正終]
本稿は、前回とリンクしているのですが、前回のレポートをみていない方も対象に記述しました。そのため、前回と一部重複しているところがあります。
2次の正方行列については、Caylay-Hamiltonの方程式 A2−(a+d)A+(ad−bc)E=Oを使えば、Aのn次方程式F(A)=Oに対してAの次数を下げて、sA=tEとできる。 (@)s≠0のとき、A=kE,ここでkはF(k)=Oの解 (A)s=0のとき、t=0,このときAは、s=t=0なる行列 としている。 |
この方法を仮に『sA=tE法』と名付けよう。
ところが、同氏は『§5 おわりに 注A』で、『(A−2E)(A+E)=Oより、det(A−2E)=0,det(A+E)=0から、A=2E,−E以外の解を得ることもできるが理論的に難点があることに注意しなければならない』としている。
同氏のここでいう難点とは、零因子の存在である。つまり、行列方程式を解くに当たり、立ちはだかるのが零因子なのである。
実際の教育の現場で、生徒に指導する場合は、上記の『sA=tE法』が容易であり、零因子を避けて指導することになる。しかし、生徒は後述のように零因子に興味、関心をもっているので、教育的指導の立場からは、逆に積極的に零因子を研究し動機づけに大いに活用したいものである。そうすることによって、教師自身も生徒と共に学ながら数学の世界を広げられよう。
本稿の目的は、前回のレポートを発展させ、『行列における零因子とはいかなる構造をしているか』という生徒からの質問に、さらに具体的に応えると共に、零因子を応用した行列方程式の解法である。
本稿でのキーワードは、可換零因子であるが、このアイデアは、極めて単純である。それは、(A−2E)(A+E)=(A+E)(A−2E)=Oを観察していて、A−2EとA+Eとが可換であることから思いついたのである。したがって、本稿は、この『可換零因子』を重要な条件として展開している。
(1) 高校生にとっての零因子
高校生にとって初めての零因子との出会いは、新鮮な驚きである。本校でも、かつて数学Cの授業で生徒から『行列における零因子とはいかなる構造をしているか』『どうすれば零因子がつくれるのか』という質問があったばかりでなく、昨年の本校生徒の加賀谷英樹君は、以下の通りの小研究を試みた。
(2) 生徒の小研究(要旨)
上記のような例から、2次の正方行列について『零因子⇒逆行列をもたない』ことが予想されるので、これを背理法によって証明。(必要条件)
ところが、逆に
のように、『逆行列をもたない』からといって『零因子』になるとは限らないので、十分条件についても考えた。
とおくとき、必要条件より、a1//a2、b'1//b'2であるが、必要十分条件として
『AB=O⇔ai・b'j=0⇔ai⊥b'j 1≦∀i,j≦2』
を導いた。
Def1(零因子の定義)
@ Aが左零因子とは、OでないAに対して ∃B≠O s.t.AB=O
A Aが右零因子とは、OでないAに対して ∃B≠O s.t.BA=O
B Aが零因子とは、Aが左零因子または右零因子、つまり
OでないAに対して ∃B≠O s.t.AB=O または BA=O
C Aが可換零因子とは、Aが左零因子かつ右零因子、つまり
OでないAに対して ∃B≠O s.t.AB=BA=O
Remark このように定義すると、『Pが零因子⇔Pは逆行列をもたない』が成立する
Def2(行相似、列相似)
正方行列P,Qについて
PとQが『行相似』とは、PとQの対応する各行ベクトル同士が従属
PとQが『列相似』とは、PとQの対応する各列ベクトル同士が従属
Remark 通常の線型代数学では
『PとQ相似⇔∃A s.t. detA≠0 かつ Q=A-1PA』と定義しているが、ここでの行相似、列相似とは、単純に各行や列の成分の定数倍のことである。
以下すべて、2次の正方行列に限るものとする。
Lemma1(左零因子同士または右零因子同士の関係) A≠0のとき、
BA=CA=O⇒BとCは、行相似、つまり、左零因子同士は行相似
AB=AC=O⇒BとCは、列相似、つまり、右零因子同士は列相似
[第1段]Bの存在を示す
Caylay-Hamiltonの方程式より、A2−(a+d)A=O
{A−(a+d)E}A=A{A−(a+d)E}=O
よって、A≠Oに対して、とおけば、
B≠O かつ BA=AB=O が成立する
[第2段]Bの一意性を示す
if,∃C≠O s.t. AC=CA=Oとすると
detA=0、BA=CA=O かつ AB=AC=Oが成立しているので、
Lemma2.より,∃k≠0:スカラー s.t. C=kB
よって、CはBの定数倍 となり、Bの一意性が成立する □
Th2.(可換零因子の構造)
A≠O、B≠Oとする。A=(aij),B=(bij)で表すと
AB=BA=O⇔detA=detB=0 かつ ∃k≠0:スカラー s.t.
kaii+bjj=0,kaij=bij,1≦∀i≠j≦2
冪零行列は、Def1から可換零因子の特別な場合である。次のCor2.ように、行列方程式が重解のとき、冪零行列になるので、冪零行列の構造についても調べる必要がある。
Pop1.(冪零行列と固有値) Aを冪零行列、つまりAm=O かつ Am−1≠O⇔Aの固有値はすべて0
Cor1.2次の正方行列では、Aが冪零行列⇔ A2=O かつ A≠O
Remark2.このCorの結果、冪零行列Aの構造は、m=2のときについて調べればよい
Cor2.(A−αE)k=O,k≧2 ⇔ A=αE、αE+A0 ここで detA0=trA0=0
Th2は、『可換零因子の構造』についての明快な結果である。それを可能にしたのは、MainTheorem1で『可換零因子の解の存在と一意性』が保証されたからである。一般に、数学では、存在は容易であるが、その一意性が問題になることが多い。
具体例を上げると、例えば本校の職員レクリェーションでかつて、余興的に出題された問題である。『1/3=(1/x)+(1/y)+(1/z) をみたす異なる自然数(x,y,z)の組を30秒間で求めよ』と言われて時間内にできなかったことがある。要領のいい人は、多分x,y,zとして適当な3の倍数を考えて、数当てをするであろう。しかし、その結果、答えの1つが見出されたとしても、それは答えの1つが求まっただけであって、解の全てである保証はない。ここが、算数と数学の分岐点である。数学では、解の存在の次に、解は唯一つか、それ以外に解はないか、さらに論証しなければならないのである。
本稿で、2次の正方行列について、『可換零因子の構造』が明らかになったが、これを3次以上にすると様相が一変する。3次元空間を考えただけでも、AB=Oのとき、次のように3通り考えられるので、一意性は言えなくなってしまうからである。
A,Bが3次の正方行列のとき
CASE1:A,Bが2次のときの単純な拡張。このとき、ai、b'jで1つの平面πを決定している。(πを3次元空間の真部分空間という。)
CASE2:aiが1つの平面πを決定して、π⊥b'j (このとき、πを{b'j}の直交補空間、または{b'j}をπの直交補空間という。)
CASE3:上と逆にb'jが1つの平面πを決定して、π⊥ai(直交補空間も同様)
まとめると、空間(3次元)では
『AB=O⇔aiを含む平面πまたは直線lと、b'jを含む直線gまたは平面Σが、垂直』
(このとき、平面π、直線lを、それぞれ直線g、平面Σの直交補空間という。)
一般に、これをn次元に拡張すると、n次元空間を垂直な2つの部分空間W1、W2に分割したとき、このW1からaiを、W2からb'jをとれば、AB=Oが成立する。
このように一意性は無理としても、前回のレポートでn次元空間で可換零因子の存在が証明できたので、n次正方行列の中で可換零因子が集合的にどんな位置付けになるか研究する余地は残っている。この場合、本稿での議論がどれだけ3次元以上に拡張、発展できるか、今のところ全く見通せていない。また、2次正方行列でも、行列次方程式の解法以外に、可換零因子が応用が考えられる。
教育的にも研究的にも、零因子はその定義すら曖昧で、厄介者扱いされているようで残念なことである。一般の零因子は、明らかに研究対象にはなり得ないが、行列における零因子は大いに教育的かつ研究的に開発の余地を残していると思う。
(2) 数学教育における説明責任
最近、情報公開と共に説明責任が盛んに言われるようになった。数学教育の世界でも、いろいろな場面で説明責任が問われるであろう。この中で、生徒からの数学に関する質問、疑問に対して、きちんと対応することは、説明責任ということばを使うまでもなく、数学教師としては当然の義務である。これらの責任や義務を果たさないと、教師と生徒間の信頼関係は根本から崩れてしまうであろう。数学教師として数学に関して生徒に責任をもつためには、今回の『零因子』に限らず、基礎研究は必要不可欠である。