第6章 Mathematical Art展を見学して
10月10日、旭川市で開催されていた「 MathematicalArt展」を、長男(小学5年生)と長女(小学3年生)を連れて見学しに行きました。煉瓦作りの会場に入ると、数多くの数学的模型が所狭しと展示されており、手で触れたり、実験したり、ゲ−ムをしたりしていた。 パズルをしていた50歳は過ぎている女性が、長男・長女に話し掛けてきた。「この数学のパズルの1つは出来たのに、もう1つ別のパズルができないの。もう1時間も考えているのだけれども、どうして出来ないのだろうか…、君達はどう考えるの?」
その、言葉をきっかけに、長男・長女はその見知らぬおばさんと30分は話し込んでいた。
会場を観察すると、定年退職をしただろう60歳代の男性は屋外のテ−ブルで何時間も問題を考えていたり、父親が子供に得意げに説明していたり、お互いに見知らぬ者どうしが、数学について語り合っている。
「どうして?」「わかった。」「できた。」「なるほど。」…
感動的な言葉で会場は熱気に包まれていた。
数学の生涯学習の大切さと数学教育に関する市民の期待が感じられた。
最近、数学内容が「易化・削減」の傾向にあるが、「易化・削減」が楽しくわかる授業を生み出すのであるのだろうか? どんなに難しく困難な事でも「自分で発見し、発想することが感動に結びつく。」と「 MathematicalArt展」は主張していたに違いない。
私は高校数学教師になって約20年近くになるが、現実の生徒と毎日接しながら毎年、減少していく理科系希望者、数学嫌いの生徒の多さに、がっかりさせられる。
せめて、コンピュ−タ−・グラフィックスで教材を視覚化して、1歩でも数学の本質に迫る何かをしていかなかればなるまい。又、視覚化された教材をどのように教授すれば、興味・関心を持ち発想力・思考力に結ぶつくつのか?まだまだ、未完成である。
更に、21世紀に向けてインタ−ネット時代にふさわしい教材開発・教授方法の研究も必要となっている。
これからの北海道算数数学教育会高等学校部会での研究活動と教師間のネットワ−クに期待している。
「 MathematicalArt展」から札幌へ帰る車の中では、長男・長女が「今日、楽しかった事、良かったこと…」を話合っていた。小学生にとって「発見すること。」が感動だったに違いない。
「なぜ?」「どうして?」という素朴な疑問を持ち続けなければいけない、育てていかなければいけないと…また、自分自身もそうありたい…と感じた。