@Author Sanae.Masasi @Version 1.00;28.Oct.1996
1 はじめに
21世紀を目の前にした今、社会は急速に情報化・マルチメディア化を進めようとしている。コンピュータの世界においては、時の流れは1ヶ月単位、あるいは1週間単位で変化し、その可能性を飛躍的に拡大してきた。その中でもネットワーク環境の充実には目を見張るものがある。ブラウザの進化とともに、ActiveXなどのようにインターネットをマルチメディア活用する環境は確実に整ってきたといえる。
こうした中で、教育の場においてもインターネットをはじめとしたマルチメディア環境の整備が徐々に進みつつある。文部省の「情報通信ネットワーク拠点の整備」や、民間企業からの支援としての「こねっと・プラン」など、これからの高度情報通信社会を見据えた基盤づくりが行われようとしている。道内においても道立高等学校と付属情報処理センターを結ぶ「情報教育ネットワーク事業」が、平成8年度からいよいよスタートとした。
北数教の研究部門として設立された「数学教育実践研究会」は、日頃の数学教育に関する様々な教材を定期的に研究してきた。各先生方の手作りの研究会としては、地道な、息の長い活動が続いている。こうした活動の和を道内のみならず全国の先生方、更には数学に興味・関心のある全ての人たちと共有することができれば、と考える。また、そうした内容が次代を担う人たちにも引き継がれることにより、更によりよいものが構築されていくことであろう。
そうしたことをネットは可能にしてくれる。学校のホームページを作って生徒が自ら発信するのもよいであろう。しかし、私たち教師が“生徒へ向けて発信”することにより、地域や学校といった枠を取り去り、自ら進んで学んでいけるような、そうした環境が作り出せるのではないだろうか。
「子供たちが世界中の様々な情報に触れ、自分たちが感じたこと、考えたことを自由に表現し、社会に向けて伝えていく」。こうしたマルチメディア・コミュニケーションの中で、何を子供たちに伝えていくのか、どのように活用していくのか、教育を含めた社会全体で考えていかなければならない重要なテーマといえる。
2 数学教育とインターネット
インターネットと教育との関連については、「情報ネットワーク社会で生きていくための教育」という側面と、「教育の道具としてのインターネットの活用」という2つの側面がある。実際の活用事例としては次のようなものが挙げられる。(「こねっと・プラン」企画書より)
(1) 電子メールによる相互交流
・メーリングリストによる、全国の先生同士・生徒同士の交流(2) WWWホームページを活用したプロジェクト
(3) WWWホームページによる情報発信
また、文部省が教育センター等をネットワーク拠点として整備していく際の指針としては、次の事が考えられている。
(1) 学校のインターネット接続拠点
(2) 教育情報の提供
(3) 学校のホームページの開設も可能
(4) 教育用ソフトウエアライブラリ機能
このように民間・行政双方からの環境整備づくりが始まっている。これを数学教育における「道具としての活用」という観点に絞ってみた場合、2つの流れが出てくるのではないかと考える。
1つは遠隔講義(Teaching Mathematics At A Distance)があげられる。マルチメディアを活用した二十一世紀の高等教育を検討する懇談会は、「遠隔授業」についての単位を認定する方向で七月に文部省に報告した。地域性や人的な制限を取り払うことのできるインターネットの活用は、更に重要性を増してくるだろう。
2つめは教材型のデータベースがあげられる。数学教育に関する様々なデータを蓄積、ライブラリー化すると同時に、公開することにより構築型のデータベースが可能となるであろう。
3 よりinteractiveな活用のために
WWWの普及により、我々はパソコンを前にして画像や音声を含めた様々な情報を手に入れることができるようになった。しかし、一昔前までは(といっても、つい最近ではあるが)こうしたWWWの情報はあくまで、staticなものでしかあり得なかった。音も映像も動きが、そして反応がなくてはあくまでテキストベースと同じだといえる。
こうしたストレス感を、ブラウザの進化が解消してくれた。特にWebページをアクティブにするActiveXをInternet Explorer 3.0がサポートしたのは大きな変化である。JavaScriptやVBScriptなどのスクリプティング機能による対話的機能、HTMLに様々なオブジェクトを張り付けそれらを制御する機能、Webブラウザの中でWordやExcelなどのOLEドキュメントを表示、編集できる機能など関連技術の進化には目を見張るものがある。
今回シミュレーション教材作成のために主として用いたのは、Sun Microsystem社が開発したプログラミング言語Javaである。教材を作成する上で言語自体の重要性があまりないのは明らかであるが、よりinteractiveにすることにより、その効果を十分引き出してくれるといえる。この言語の特徴を簡単にまとめると次のようになる。
(1) Architecture Newtral
Java環境においては、各アプレットはJava Virtual Machineという仮想のコンピュータ上で動作する。そのため、機種やOSに関係なくそのまま利用できる。つまり、世の中のコンピュータが同じArchitectureで動作するように見せかけることが可能にさせる。
(2) staticからinteractiveへ
今まではただ単に画像や音声などの情報をstaticに手に入れただけであった。しかし、Javaによりサーバーが必要なプログラムを、自分のブラウザ上で動作させることが可能になったのである。数学的な題材を扱う上では最も欲しかった機能である。
(3) object志向、class継承
この考え方によりプログラムを明確化、そして簡素化する事ができ、プログラムの再利用や管理・開発が容易になった。
(4) byte type
Javaは直接メモリ上に書き込まないために、非常に安全性が高い。C言語のようにポインタの概念がないわけである。Java自体はアプリケーション作成の言語としても用いることができるため、教育用の言語としての可能性も秘めている。
このように、Java言語はC++をベースにこれまでのプログラミング言語のよいところだけを集め、ネットワーク上に対応させた新しいタイプの言語だといえる。また、ネットワーク上でHTMLを介してみることもできるが、Applicationとしてもstand aloneで用いることができるため、見方によっては初めての共通の言語といえる。
Java AppletによりWebページが拡張可能になったのは'95年5月で、それから1年と少しで(この原稿を書いているのは10月である)ActiveX Controlでも拡張可能になった。WindowsがOSレベルからインターネットに対応することで様々なアプリケーションに対応し、将来的にはほとんどのアプリケーションがインターネットに対応していくものと思われる。
4 「実験数学」的な題材の提供
〜情報化時代にあった内容の創造をめざして〜
数実研における教材研究の中心は、現在のカリキュラムに沿った教育内容が中心となっている。それは研究会の目的からして当然である。しかし、コンピュータなどのテクノロジーの導入によって、新たに解決できる問題の種類・範囲が大きく拡大してきている。更に、コンピュータ・ネットワークの活用が、今までの地域性や人的障害など様々な制約を解消してくれる現在、従来の学校教育で行われてきたカリキュラムに縛り付けられることなく、情報化時代にマッチした内容を創造する時期にきているのではないだろうか。
そうした内容を実現するための一つの方法が、次に示すような「実験数学」的な題材の提供である。サンプルに示したどの題材についても共通しているのは、パラメータを変化させ、その動きや結果を考察していこうということである。予想のつく平凡な事象より、その動きが変化したり、更には崩れたりするその境目の方が、より興味を引く場合が多い。現れた現象について興味を引くような一つの「発見」があれば、その次に「では何故そうなるのか」という論理展開へと自然と進んでいく。大事なのは多くの現象の中から、何か新しい事実・事象を発見できるか、また発見したときの驚きや興味・関心であろう。
コンピュータをよりinteractiveに活用することにより、「受動」的な学習から「能動」的な学習へと変化させていくことができるといえる。そうした開かれた環境を閉ざしてはならないと考える。
具体例をもとに話を進めたい。
sample_1 漸化式のグラフ化とリターンマップ1次の線形な漸化式と2次の非線形な漸化式をもとに、その点列の様子を調べ、現代数学「カオス理論」へと導いていこうという題材である。高校の数学においては収束することのみを主として扱うが、本当に興味深いのはそうした安定した状態ではなく、その安定した状態が崩れる“境目”だといえる。その境界をコンピュータを用いることにより、見つけだしていこうというわけである。パラメータを変え、シミュレートしたデータをもとに新しい発見が生まれる。その過程に生まれる「なぜ?」という疑問を大事にしていく必要がある。そしてその「疑問」が「理論」へと導いてくれる。「数学=理論」から「数学=発見」へと発想を転換させてくれる格好の題材である。
sample_2 Javaでものみながらふらくたるたいむフラクタルの代表選手「コッホ曲線」を手始めに、フラクタルの考え方をコンピュータでシミュレートすることにより探っていこうという題材である。フラクタル図形を構成するジェネレータや再帰図形の基本となる図形をいろいろ変化させ描画させてみる。現れたコンピュータ・グラフィックスは、我々に新鮮な感動を与える。また、フラクタル次元の考え方などは「次元」についての新しい発想を示してくれる。更に、複素数点列の作るジュリア集合やマンデンブロ集合などの現代数学のホットな話題を、コンピュータを用いることにより簡単に触れることができるのである。周期点の数による分類などはとても興味深い結果を示してくれる。
sample_3 新 フーリエの冒険 〜Visual編〜フーリエの発見した「同じ周期をもつ波はどんなに複雑なものでも単純な波の合成である」という事柄を、コンピュータを用いてシミュレートしながら探っていこうという題材である。現在フーリエ級数は大学の教養課程で学ぶ内容であるが、内容を具体的に展開していけば高校生でも理解できる題材ではないであろうか。また、理解する過程においては三角関数の知識のみならず、和の記号狽竦マ分の考え方などいろいろな内容が総合的に出てくるために、それぞれの考え方の重要度も理解できるといえる。波の合成は理解しやすいが、逆に分解するとなるとイメージしづらいものがある。それを視覚的にとらえられれば成功である。
sample_4 パスカルの三角形パスカルの三角形に関する様々なトピックを、フラクタル図形にまで関連させて展開させていこうという題材である。パスカルの三角形を作る規則性を変化させたらどうなるか。それをグラフィックスという側面から切り込む。剰余系との関連で興味深い結果を示してくれる。最後にジェネレータを逆に埋め込んでいくフラクタル図形との類似性で考えていく。
5 ネット上で展開することの意味
次にこうしたシミュレーション型の教材をネット上で展開することの意義について考えていきたい。インターネットの一般的な教育効果については、次の点が挙げられる。
こうした点を踏まえてみた場合、シミュレーション型の教材をネット上にのせることによる利点としては大きく2つ考えられる。第1点目は、対象が限られたところから全世界へと広がり、地域性や人的な制限を取り払うことができること。また、その扱った題材の中から評価が簡単に得られることである。それにより「教育」が「学習」へと変化していくことになる。いかにすれば自分に必要な知識内容を手に入れることができるのか。インターネットの持っている利点を最大限に活かすことができるといえる。情報を「活用」できる状況から、更に進んで共同で「作業」ができるようになる。そうした点では遠隔講義にもつながるものがある。
第2点目としては、数学的な題材の明確なライブラリ化が図られることである。これまでもソフトウエアのライブラリー化という試みはあったが、地域性の問題や更には継続性の問題等で、ほとんどが失敗に終わった。本年度においても付属情報処理センターにおいてライブラリセンターが開設されたが、どれだけの利用があるのか疑問である。
定期的に開催されている数実研の場においては、発足して4年目になる今日においても、毎回多くの先生方のレポートが発表されている。コンピュータを用いた題材に限らず、数学に関する様々な題材が提供され、大変参考になっている。インターネットはそうした“今の”,“この”題材を次にもつなげていける。また、扱った題材の評価を得ながら、更により良い題材へと構築されていく。そうしたメリットがあるのである。また、数学に興味・関心のある人の様々な題材も集められる、という付加価値的な面も非常に効果があるといえる。
6 さいごに
最後に、これからの課題について述べたい。
(1) 魅力ある教材の研究と開発
技術の進歩には目を見張るものがある。しかし、コンピュータはあくまで教育内容実現のための一手段であって、本質は魅力ある教材の開発であり、継承である。数学の魅力を引き出せるような、そして興味・関心を持ち自らが進んで学んでいけるような、そういった教材の研究・開発が更に必要である。
(2)「数学教育」に絞ったネットワークの構築
各学校単位ではなく、内容を数学的な内容に絞ることにより教材のライブラリ化、蓄積化が図られる。現在、数実研では今まで発表されたレポートをHTMLファイルで蓄積する作業を進めている。あとはラインを引いて公開するだけである。研究会等で何度も行政の方には訴えているのではあるが、行政の誠意ある対応を期待したい。
インターネットを教育の場にどのように活かすか、ということは二十一世紀に向けてますます論議、実践がなされることであろう。新聞紙上でさえ“インターネット”という言葉が載らない日はないくらいである。多くの学校でホームページを公開して、華々しく取り上げられている現実もある。しかし、教育に活かしていくための本質をきちんと見極めなくては、この先行き詰まってしまうのではないだろうか。あえて教育内容に基本を置きながら、数学的な題材を中心に見据えた地道な構築を目指していきたい。