絶対値不等式における「まなぶ法」の限界について

札幌新川高等学校  中村 文則

  |2x−3|<x+I

の解を求めるとき,右辺の正負によって場合分けすることは,絶対値の「点からの距離」という別定義によるものですが,このことは感覚的には確かにそうだと思います。実際には,次のように示されるでしょう。

|A|<B,B>0 ⇔ −B<A<B ……(*)の証明

|A|<Bの両辺を平方して,A2−B2<0,(A−B)(A+B)<0
A+B<0のとき,0<B<-Aより,A<0 よって,A-B<0となって不適。
よって,A+B>0,A−B<0 これから,−B<A<B
逆に,−B<A<Bのとき,−B<Bより0<B
このとき,0≦Aであれば,−B<Aは明らかに成立するから,A<B よって,|A|<B
また,A<0であれば,A<Bは明らか。従い,-B<Aから−A<B よって,|A|<B
となり同値性が示されます。

 ただ,確かにこう証明はできるのですが,先生もご指欄の通りB≦0の場合は,|A|<Bは不成立ですから,解は存在しません。
 このとき,仮に−B<A<Bを認めてしまえば,B<0のときは,0<−B,A<B<0となりますから,共通範囲を求めて,解は存在しないこととなります。

 よって,(*)は,

|A|<B ⇔ −B<A<B

としてもよいように思えるのです。
(|A|<B ⇔ −B<A and A<Bの方が分かり易いでしょう。)

ex1)|x|<−1のとき 1<x and x<−1より,共通範囲を考えて解はない。

となります。

 なお,A,Bがxの1次式であるとき,このことは,グラフによる解答から予想できます(ことも先生のご意見の中で触れられていたと思います。)

 いま,|x|<mx+nとしても一般性は失われないので,y=|x|,y=mx+nの位置関係を調べると3つのCaseに場合わけできます。

 ここで,なる1次変換を考えると,となり,直線は,x軸に平行な直線に変換されます。
 また,ですから変換fはxの値は変えずにこれを拡太・縮小するせん断といわれるずらし変換であることがわかります。従い,この変換によっても,もともとの絶対値不等式の解は変わりません。実際に変換した図をそれぞれ描くと,

となります。このように,右辺を数値化すると,点からの距離という絶対値の扱いがクローズアップされ,負数の定数関数においても同様に処理できることが分かります。

 では,「>」についてはどうでしようか。この場合も同様に計算できないのでしょうか。

|A|>B ⇔ A<-B,B<A

例えば,
|x|>-1の解は,x<l or -1<xと見なせば,全ての実数が解となります。
 しかし,ここで一つの疑問が沸いてきます。絶対値の本来の定義は,絶対値の内部の正負によって場合分けされることであり,右辺のBは関係ないはずなのです。


の定義に戻って考えると,この絶対値不等式の解法は,また別の見かたができるのではないでしょうか。

|A|<B ⇔ −B<A<B

(→)A≧Oのとき,A<Bより,0≦A<B
 A<0のとき,−A<Bより,−B<A<0
 よって,2式を合わせて,−B<A<B
(←)(*)の証明と同じ

 このように考えると,Bの正負に関わらず,同値がいえてしまうではないかと思うのです。そして,定義によれば,A,Bは1次の整式である必要さえないのです。

|f(x)|<g(x) ⇔ −g(x)<f(x)<g(x)

ex2)|x―3|<x2+5x
−(x2+5x)<x−3<x2+5x
−x2−5x<x−3より,x2+6x−3>0
これから, …@
また,x−3<x2+5xよりx2+4x+3>0
これから,x<−3,−1<x …A
@とAの共通笹函を求めて,  
となります。

 同様に,これから

|f(x)|>g(x) ⇔ f(x)<−g(x),g(x)<f(x)

についてもその解集合を考えれば(「<」の補集合から)成り立つと思うのです。

 さて,ところで,「まなぶ法」の限界についてですが,前半の右辺が正数に関しては誰しもその解法には異論のないところでしょう。

 問題は,右辺が「式」になった場合ですが,私自身は指導の流れとしては,これは明らかに誤り(誤魔化し)だと思っています。数直線上に,xの2式をとって並べていくことば,距離の意味からいってもナンセンスとさえ思います(分かり易い見方かどうかは別にして)。「まなぷ法」の後半は,距離による定義ではなく,絶対値本来の正負による場合分けから導き出されているとおさえています。まなぷ法の指尊では,そこの部分が欠落しており,途中で定義のすり替えをしてしまっているのです。

 そして,その本来の絶対値の定義によれば,右辺の正負による場合分けはもはやまったく関係ないように思えるのです。そこの部分が私自身引っかかっており,「まなぷ法」の限界について,先生方に投げかけた理由でもあります。

 実際に,一般に受験業界では,
  |f(x)|<g(x) ⇔ −g(x)<f(x)<g(x)
については,マニュアル的に解法が横行しています。K社やT予備校などではこの解法をよく見かけます。しかし,
  |f(x)|>g(x) ⇔ f(x)<−g(x),g(x)<f(x)
については,これを認めた解法はお目こかかったことがありません。一種,タブー視されているかと疑うほどです。

 その理由は何なのでしょう。同値ではないということが示されればもちろん分かりますが,帰納的に検証していっても,同値性が崩れてしまうようなCaseが見つからないのです。ex2の解答をみても分かるかと思います。

 では,正しいとしたときに何故,この解法は使われないのでしょう。

 私見ですが,その場合は,「教育的配慮」によるものではないかと考えています。

 ひとつは,場合分けの混乱です。右辺がxの整式になるとき,右辺の正負による場合分けと絶対値をはずす均合分けが混在してしまうのです。これは生徒を混乱させるだけでしょう。

 次の理由は,解集合の概念の理解の難しさです。この説明は避けられぬことであり,和集合,積集合の知識が要求されてきますから,1年の前半の指導では無理があるのではと思うのです。

 ただ,指導を避けて通ってもひとつ大きな問題がありますc 仮にこの解法が正しいとしたときに,生徒が指導外としてこの解法での解答をテストでしたとしたら,現場の先生は,どう対応するでしょうか。解答は○なのでしょうか,それとも×なのでしょうか。

 これが,「まなぶ法」の解答の限界の第2の問いかけになってきます。

 そしてこれらのことをすべてclearさせるとすれば,結局グラフによる解法がbestなるかと思います。

 「まなぶ法」の解法についての意見は,真鍋先生の他に,江別高校の小山先生,札幌稲北高校の早苗先生からもいただいています。

 数学的には「軽い問題」でも,教育的には「思い問題」であると思いますし,いろいろな先生からご意見を伺えれはと考えています。夏の研究会では時間が足りなかったために説明が言葉足りずに終わってしまい,必ずしも先生のご質問,ご意見に答えた形にならない回答となりました。引き続き,先生のご意見を伺えれば幸いです。

平成10年9月1日

《 関 連 資 料 》