【TOP】【BACK】【NEXT】

3.数学におけるベクトル

 数学ではベクトルを次のように定義している.

[ベクトル空間の定義]3)4)
(線形性の公理)
 集合Vと,その要素が4則演算できる数の集合K(体と呼ばれる)があり,Vの任意の元a,bと,Kの任意の元λ(スカラーと呼ぶ)に対し,
   和:a+b,および スカラー倍:λa
が定義されており,それらが再びVに属するとする.さらに,和とスカラー倍に関して次の8つの公理を満たす.(注:スカラー倍はλのaに対する作用,λ:a→λaとみなすことがある.KはVの係数体と呼ばれる)

(和とスカラー倍の公理)

 a,b,cをVの任意の元,λ,μをKの任意の元とする.
1)a+b=b+a       和の交換法則
2)(a+b)+c=a+(b+c)  和の結合法則
3) a+0=aとなる元0の存在  ゼロベクトルの存在
4) a+a'=0となる元a'の存在  逆ベクトルの存在
5) λ(a+b)=λa+λb  左分配法則
6) (λ+μ)a=λa+μa  右分配法則
7) λ(μa)=(λμ)a  スカラー倍の結合法則
8) 1a=aとなる要素1の存在  1はKの単位元
このときVを体K上のベクトル空間と呼び,Vの元をベクトルと呼ぶ.
 Kは通常,実数体Rや複素数体Cだと思ってよい.上の定義で重要なのは線形性であり,ベクトル空間のことを線形空間ということもある.和とスカラー倍については普通の実数の計算と同じようにできるというだけの意味である.高校教学に登場するベクトル空間の例をいくつかあげておこう.高校で扱うほとんどの数学的対象が実はベクトルである5)

[例1]2次元ユークリッド空間R2
 2つの実数の組(x,y)の集合はスカラーを実数として,2次元のベクトル空間となる.和とスカラー倍については,a=(a1,a2).b=(b1,b2)として,
   a+b=(a1+b1,a2+b2),λa=(λa1,λa2)
によって定義される.ここで,a1,a2,b1,b2,λは実数である.(x,y)はふ つう数ベクトルなどと呼ばれている.(x,y)を座標と考えれば,R2 は(1変数)関数のグラフが描かれる平面でもある.上で定義された和とスカラー倍が1)〜8)の公理を満たすことは,簡単に確かめられる.
 R2はベクトル空間として自明すぎて,かえって混同を招くことにもなる.aは矢印でなく平面上の点であり,注意が必要である4)(点が集まれば空間や平面になるが,矢印を集めてもそうはならない)。

[例2]複素数体C
 よく知られていろようにガウス平面(複素平面)は2次元のベクトル空間となる.スカラーとして実数,複素数どちらをとることもできるが,ここでは実教とする.
 x,yを実数,iを虚数単位とすると,複素数zは
   z=x十yi
とかけるので,R2の場合と同様に,z=(x,y)と表現できる.和とスカラー倍については,w=u+viとして,
   z+w=(x+u,y+v),λz=(λx,λy)
によって定義される.ここでu,v,λは実数である.複素数体Cはユークリッド空間R2と同じ構造をもっている(数学では同型という).
 あれ!複素数はスカラーだったはずなのに?と不思議に思う人もあるだろう.ベクトルを先のように公理系によって定めた以上,演算をどう定義するかによってスカラーになったりベクトルになったりするのは仕方ないことである.

[例3]xに関するn次多項式全体の集合
 a0,a1,a2,…,anを有理数とするとき,
   a0+a1x+a2x2+…+anxn
をxに関する有理数の係教をもつn次多項式という.高校では因数分解や2次方程式などでおなじみの式である.どういうわけか日本の教科書ではこれをxの整式とよんでいる.ただ1項だけの式を単項式と呼ぶが,ほとんどの教科書では2項以上の式を多項式と定義し,単項式を多項式の仲間に入れていない1).この理由は不明である.
 例えば2次多項式では,和とスカラー倍を,
   (a0十a1x+a2x2)+(b0十b1x+b2x2)
   =(a0+b0)+(a1+b1)x+(a2+b2)x2
   λ(a0+a1x+a2x2)=λa0+λa1x+λa2x2
によって定義すれば,2次多項式全体の集合は3次元のベクトル空間となる.ここで,b0,b1,b2,λは有理数である.

[例4]同じ定義域をもつ1変数連続関数全体の集合
 高校で習うほとんどの関数は連続関教である.大学に入って量子力学を勉強した特に2次関数や3次関数,指数関数などがベクトル(無限次元の)になると聞いて,びっくりした経険がある.f,gを同じ定義域をもち実数値をとるxの連続関数,λを実教とする.連続関数の和,スカラー倍を,
   (f+g)(x)=f(x)+g(x)
   (λf)(x)=λf(x)
によって通常の関数の和と実教倍で定義すると,f+g,λfは再び連続関数となる.この性質を用いると,連続関数全体の集合はベクトル空間となる.このベクトル空間は関数空間でもある.関数空間の詳しい解説は成書を参照してほしい.物理では,量子力学的状態はシュレディンガー方程式を満たす関数であらわされるが,これらの関数がベクトル(状態ベクトルと呼ばれる)を形成するというこがたいへん重要となる.量子力学的状態はたしたり,スカラー倍することができるからである(物理では重ね合わせの原理として知られている).量子力学の数学的枠組みはヒルベルト空間論として知られている.これは量予力学完成の10年以上前にすでにヒルベルトらによって研究されていた.

【TOP】【BACK】【NEXT】