ネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」

4_1 数実研の目指すもの

 北海道算数数学研究会高校部会の研究部である「数学教育実践研究会」(略称:数実研)が中心となって開いているホームページ「数学のいずみ」が、この7月にやっと公開された。昨年10月から準備を初め、今年'97年1月の高教研でCDとして初版を配布した。この時の反響はかなり良く手応えは十分であったが、その後いろいろと苦労を重ねた上での公開である。

 本研究会は平成6年1月29日に、札幌市内の高校の数学教師を中心として設立された。その背景としては、情報化や社会の変化に伴い数学の必要性が増してきている反面、子供たちの数学離れが確実に進み、決して楽観視できない状況になってきたことや、新指導要領のカリキュラム改変に伴う多様化する数学履修内容の現場サイドへの対応の苦悩があげられる。

 設立当初は、「教材研究部門」、「コンピュータ部門」の2部門がそれぞれ平行して研究体制を組み、定期的にその研究成果を研究会で発表した。「教材研究部門」では新カリキュラムにおけるコアとオプションの有機的関連づけの分析を通し、いかに生徒達に効果的に数学を取り組ませるかを実践してきた。「コンピュータ部門」では、関数ラボなどのシミュレーションソフトを利用して、板書では限界のあるグラフの動きをいかに生徒に理解させるかを研究した。しかし、平成7年度に入り、「教材開発部門」では、手作り教材の一つとしてのコンピュータ・グラフィックの利用、「コンピュータ部門」では、ソフト作成のための教材のアイディアとして、お互いの必要性が生じ、以後、提携した形での研究会運営となり、今日に至っている。

 新学習指導要領では、「情報化社会における数学教育の多岐にわたる必要性」が強調され、従前の「体系的に組み立てていく数学の考え方」のみならず、併せて「それらを積極的に活用する態度を育てる」という主体的かつ意欲的に取り組もうとする態度の育成が重点に置かれている。本研究会はそれを踏まえつつ2部門の提携を機に、「高校数学で扱う教材およびそれらの関連性を分析し、生徒達に効率よくその教材のもつ本質的意味を理解させる」ことを目的とし、あくまで「教材の研究分析」に力点をおいた活動を展開している。

 そして近年、情報化の波は急速に押し寄せてきた。既に社会のあらゆる分野に情報化が浸透し、我々自身が「情報」といかにして接していくかが重要となってきた。本研究会では今までの研究内容をオンライン化する事により、教材内容の蓄積化を図ることをめざそうと考えた。研究会を取り巻く様々な環境が変わることで、これまでの教材や研究がなくなってしまうのでは全く意味がない。“今の”“この”教材を次にもつなげていきたい、そう考えたのである。こうして、ネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」が誕生した。


4_2 「数学のいずみ」の3つの柱

 「数学のいずみ」が目標とするのは「公開」「連携」「蓄積」の3つである。そしてこの3つが柱となり、単なる研究会の公開ページにとどまらない、より数学教育に根差したページにしたいと考えている。

 数実研の母体である北数教は、北海道の小・中・高の数学の教員が一緒になった全国でも貴重な研究組織である。しかし、意外とその知名度は低い。数学以外の教員のみならず、数学の教員でもその存在を知らない人も案外と多い。ましてやその中の研究部の存在など、札幌市内にすらいきわたっていない。近年、北数教の会員数もかなり減少傾向にあることは、この事を顕著に物語っている。 せっかくの研究や実践交流の場であるにも関わらず広がりをみせることがないのは、研究会自体の質の低下も招くといえるであろう。まず、研究会自体の活動内容を公開することにより、さらに活動の幅も広がり内容的にも深みのあるものが生まれてくるのではないかと考える。生徒が自らホームページを作って公開するのと同様、私たち教師が生徒へ向けて発信していくのである。

 またそのことにより、全国の数学教育に携わる教師のみならず、より多くの方々との提携を期待している。メールを通した意見交換やテレビ会議等を通して、数学教育に関する情報交流の場としたいと考える。既にこのページに関する様々な意見がメールを通して集まってきている。中でも代表的な意見として、次のようなものがあげられる。

 先に見た必要とされる教育・学習情報のトップに「教育実践報告」があげられていることと同様に、そうした意見が多い。この点に関しては愛知教育大学のメーリングリスト「mathedu」のように、全国的にも試みが行われているので、そうしたところとも積極的に連携をしていく必要があろう。またテレビ会議等を通した交流についてはすでに、今年の6月、第20回の研究会で旭川凌雲高校とのテレビ会議をデモンストレーションとして実施した。初めてであり、内容的にはたいした事ができなかったが、将来的には他府県の研究会との交流も可能ではないかと考えている。

 そして3点目の柱は“ネットワーク型”のデータベースの構築である。授業でのちょっとした工夫や教材研究した内容が、次にも引き継がれ更にそれが改善されていく、それが大事ではなかろうか。せっかくのすばらしい内容や実践報告が埋もれていってしまう、それでは意味がない。この北数教の過去の研究発表の中にはすばらしいものが数多く存在する。しかし、今となってはほとんど目にする機会さえ失われている。会費を納めているにもかかわらず研究会に参加していない教師にとっては、どういった内容が発表されているのかさえわからない。学校業務の中では担任を持っていたりすると、学校を空けるのはなかなか困難な状況にあるからである。ネットワークの利点である、「情報の蓄積・入手」「地域性の除去」といったものの、最も適した活用法ではなかろうか。

 また、別の観点からとらえてみる。中教審の答申では「教育用ソフトウエアライブラリ」の整備が急務であるとうたわれている。しかし、データベース化しなくてはならないのは、そうしたソフトウエアではなく、教科に促した「内容」であり「実践報告」ではなかろうか。特に数学に関して言えば、たとえ情報化社会がきても、扱う題材はコンピュータでなく数学の内容である。たとえコンピュータを用いたとしても、データベース化しなくてはならないのはそのソフトの評価であり、実践例ではなかろうか。先に見た「情報教育ネットワーク形成推進事業」におけるソフトウエア教材開発委員会での活動は、主としてコンピュータを主体としたものである。「ソフトウエア」は教科の内容を含めたものこそ、本当の「ソフトウエア」といえるのではなかろうか。

 私たちは題材の内容や実践報告に主眼を置いたデータベースを構築しようと考えている。その中にコンピュータを用いたものがあってもよいであろう。しかし、あくまで数学の内容を中心としたものが前提であると考える。そしてそうした中から、数学の魅力を感じ取ってくれればと考えている。 さらに、多くの方がこのページにどんどん話題を提供し、共に構築するすることを願っている。

 このページはまだ始まったばかりある。しかし、自分たちの実践・研究を公開することにより、より多くの広範な連携が得られることを期待すると同時に、ネットワーク型の教材データベースを構築することを考えている。全国の数学に感心のある多くの人たちとつながりをもつと同時に、今のこの話題を次にもつなげていく事ができればと考える。  旭川凌雲高校の奥村先生が昨年'96年の高教研で発表した「インターネットは数学教育を変えるか −自律的蓄積型データベースMathOn-line−」の中で、現在の教育に欠如しているものとして次の4点をあげている。

  1. 教師が教材研究した内容が、「教師の授業の改善」という視点では役に立っているが、「生徒の学習の改善」という視点では成果があがっていない。
  2. 生徒が学んだ知の財産が、次世代に向けて共有されていない。
  3. 授業の内容が必要と思われる学習内容に対して制約がある
  4. 授業が、教師と生徒の間だけで完結しており、外部への広がりを感じられない
 私たちが考えていることが、すでに提唱されているのである。


4_3 「数学のいずみ」の主な内容

 ネットワーク型教材データベース「数学のいずみ」は主として3つの内容で構成されている。数学に関する様々な話題を集めた「数学トピックス」。数学教育に携わる人たちのための「実践記録・発言・レポート」。何かテーマをもちそれを共同で発展させていく「テーマ別共同研究」。興味を持つ分野や内容は人によって差がある。数学の内容を主体としたものに興味を覚える人もいれば、実践報告に関心を持つ人もいる。さらには、コンピュータを主体とした題材に興味を持つ人もいれば、生徒の素直な意見を大事にする人もいる。そうした多様な要求に応えていくためには、更により多くの蓄積が必要であり、また他へのリンクが必要であろう。とりあえずは、現在3つの内容を主体として公開している。それぞれを簡単に説明したい。

 「数学トピックス」は数学に関する様々な話題を集めて、学校の授業や教科書にとらわれない様々なトピックを集めていこうというページである。「関数を身近なものに」(札東;大山)、「和関数としての2次関数のグラフ」(新川;中村)などのように日常の授業に関する題材や「アイヌの人々の数体系と四則演算」(丘珠;坪谷)、「Javaでものみながらふらくたるたいむ 」(稲北;早苗)などのカリキュラムにとらわれない題材、「やすい!はやい!うまい! グラフィックス調理法」(新川;中村)のようなコンピュータを中心とした題材などが収められている。

 「実践記録・発言・レポート」のページは数学教育に携わる人が提供するページである。普段の授業における実践記録や、数学教育に対する様々な考えを集めていきたいと考えている。「新教育課程の実践から」(北広島;高橋)、「複素数の極形式の導入について」(石狩南;清水)などのように授業展開において工夫した点を扱ったレポートや「CAI実施への取り組み−数学T:2次関数のグラフの指導−」(厚別;川崎)、「「軌跡」分野における授業展開の一例  ―対象を明確にするために―」(藻岩;菅原)などのようにコンピュータを用いた授業実践例、数学通信「MAT Information」(稲雲;大河内)、講演会の編集「新しい学力感と学習カウンセリング」(稲雲;谷川)など、収録されているレポートは様々な分野にまたがっている。形式ばったかたぐるしいものでなくても、素朴な意見や地道な実践をこれからも大事にしていきたいと考えてる。

 「テーマ別共同研究」のページは、あるテーマをしぼっていろいろな角度から検証しようとするページである。たとえば、同じ題材を使った授業実践の評価を持ち寄ったり、一つのテーマについて様々な角度から構築していくなど、みんなで作り上げていこうと考えている。現在このページに収められているテーマは、まだ一つしかない。「積分の指導法について」というテーマで、高校数学の積分の単元における不定積分と定積分の指導法について、有効な指導法を探っていこうというものである。これは、石狩南高校の清水先生が出されたレポートをもとに、厚別高校の川崎先生が授業実践をしてみての報告を収録した。まだ、共同研究というには早すぎるが、ある実践例をもとに自分も実践してみる。当然、生徒の実態の違いもあるわけであるから、また違った実践報告が出てくるわけである。こうした積み重ねこそ、本当に価値のあるものではなかろうか。このページにまだ一つしか題材がないことは、研究会自体がまだ成熟していないあらわれかもしれない。しかし、将来「新学習指導要領についての現場の声」「複素数の指導法について」「教具を工夫しての実践」など様々なテーマを積極的に設けて、フォーラム的な価値のあるものにしていきたいと考えている。

 「数学のいずみ」に収録されているレポートは既に50本以上になった(Ver4、8月21日現在、APPENDIX_2 参照)。作業の関係でなかなか収録できないものも多数ある。4年の積み重ねはかなりの重みを帯びてきたといえる。

 数実研の例会では、毎回消化しきれないぐらいのレポートが出され、様々な分野の興味ある内容が紹介される。そうした内容を紹介すると同時に、ネット上で公開されている様々な題材にリンクを張っていきたいと考えている。また、逆に他のライブラリー化を図っているページに、どんどん紹介してもらうこともよいであろう。対象は数学に興味や関心を持つ人すべての人たちである。


4_4 これからの方向性

 「数学のいずみ」は研究会の主催するホームページであるが、ネット上でのこうした試みは研究会としての立場からいうと、また新たな問題を引き起こす。その場に参加しなくても、どんなに離れた地域にいても、情報を手に入れたり意見を言えたりするということは、研究会の存在性自体の問題にもつながるのである。情報が手に入るのであれば研究会に参加しなくてもよいのではないか、ということにもなってしまう。ネット上での公開授業や遠隔講義などにもいえることであろうが、その会場で生で参加できることの意義は、やはり大きいのではないかと私は考える。なぜなら、その場にいるという“ライブ性”は人間と人間の直接の触れ合いを生み出し、公開されない“番外編”にも参加できるからである。またそうした人間関係の中からこそ、本音の意見が聞けるのではないであろうか。プライバシー、著作権保護などネット上での様々な制約がある中ではなおのことであろう。過日、NTT主催のマルチメディア研修会に参加した。全国70数カ所を結んでテレビ会議が行われたが、本会場での講演が終了したときにその会場では拍手が起こったが、札幌会場ではそれがなかった。このことはそうした点を実感させられた。「インターネットが変える世界」(岩波書店)の中で、次のように述べられている。

オフラインとオンラインを両立させながら、最も効率的に使える人たちが新たな個性の創出スピードの根幹である。

 こうした根本的な問題の他に、ホームページとしての内容面・運用面における問題点として次の点があげられる(研究会としての立場は別である)。

 これらの点は、研究会自体の充実に直結する問題である。特に「テーマ別共同研究」に関しては、最も組織自体で重要な点であり、これからの中心となるべき主題である。これからの研究会自体の運営をいかに進めていくか、研究会自体のすそ野をいかに広げていくか、という点にかかってくる。

 さてこれからの方向性であるが、内容面での充実は言うまでもないが、他との「連携」が主体となろう。今年はまず、全道の数学の先生方との連携を考えている。北数教高校部の今年の目標の一つに掲げている「研究支部」の活性化とも関連して、メールを通した交流や実践報告の掲載ができればと考える。北数教高校部通信「数泳」第2号で「支部助成金」として募集がされている。組織のないところでもグループの研究でもかまわないとのことなので、そうした制度を活用して共に交流してもらいたいと期待する。また、すでに全国で同様な試みをしている先駆的な研究会との連携や、先に見たように数学の場合は、個人でのWeb公開が多いことから、そうしたページへの内容面でのリンクを積極的に行っていきたいと考える。

 こうした他との連携の他に将来的には、学校の学習指導要領にとらわれない、いろいろなテーマについての公開講座等の開設なども魅力がある。そうしたノウハウを研究しより積極的に展開していきたいと考える。また、寄せられた意見の中に「生徒からのコーナーを公募してはいかがでしょうか」というのがあるが、連携・蓄積がどんどん進めばそうした試みも可能になるであろう。