第82回全国算数・数学教育研究(千葉)大会

新たな視点から考える数学とインターネット

北海道札幌稲北高等学校
早 苗 雅 史

1. 一斉学習にインターネットは必要あるのか?

1_1 インターネット狂奏曲終焉の時代?

 現在,インターネットの普及は予想通り急速に進んできている.「インターネット白書'99」(インプレス)によると,インターネット人口は前年比49.4%増加して1,508万人になり,世帯普及率も12.9%となった。特に自宅からの利用者は151.8%も増加して,勤務先・学校からの伸び率15.6%を圧倒しているのが目に付く。
 では学校現場ではどうであろうか。活用例として目に付くのは学校間交流,課外活動での活用,総合的な学習での活用などである。教科面での活用という視点で見た場合どれほどの活用例があるのであろうか。
 各教科での活用を待っていても遅々として進まない情報化への対応。新教科「情報」の設置は,見方を変えればそんな現状への対応とも言える。

1_2 無理に活用することの功罪

 それではインターネットが教科面での活用としてどういった方法があるのであろうか。インターネットは"個人"での学習にとっては非常に大きな威力を発揮するが,"一斉学習"という枠の中ではその特徴を生かしづらいのではなかろうか.その考えは今も変わってはいない。これまでのインターネット教育を先駆してきた100校プロジェクトやこねっとプランなどにおいても,数学教育の中ではこれといった成果が現れてはいない。それはごく自然のことと思われる。始めにインターネットありきでは本質が見えてこないといえる。あくまでも"主役"は数学であって,コンピュータやインターネットは道具でしかありえないのであるから。

1_3 「情報化→授業での活用」とはならない

 次期カリキュラムに新設される「情報」。ややもすれば技術面だけを学習し,"コンピュータ"を用いた学習には「数学的な見方・考え方」など微塵も入らなくなることもあり得る。実際文部省から出された免許講習会テキストには,そうした傾向がはっきりと現れている。

1_4 ではどのような活用法があるのか

 ではネットの学習への活用法にはどんなところにあるのか。本レポートでは私なりの考え方を2章以降で実践例を交えながら述べたいと思う。具体的には,次の3点である。

2. 教材データベースとしての活用

2_1 欧米に比べ圧倒的に不足する教材サイト

 2000年1月に行われた第32回の数実研で拓殖大学北海道短期大学の北村正直教授は日本の教材サイトが欧米に比べ圧倒的に不足していることを指摘した。レポート「マルティメディア時代の教育」の中で,次のように述べている。
これ*(注)も技術上の問題でいつかは解決される問題であろう。だが,最後に残るのが,子供たちがアクセスできる教育情報がないという問題なのである。これは技術の問題ではなく,また単なる量の問題でもない。これは文化の問題であり,慣習の問題なのである。故に,解決には気の遠くなるような時間が掛かると考えなければならない。
 (注)授業中に生徒が全員違ったサイトにアクセスできるようになること
 そして課題として3点あげているが,その一つとして「小,中,高の教師とあるルーズに組織化された共同体をつくり,小学校から大学まであらゆる教科についてインターネット教材を組織的に製作する」ことを提案している。
 ハード面での整備が進む中,学習に役立つ情報量が少なすぎるのではないだろうか。先にも述べたが学校間交流や課外活動での活用においては様々な実践例が報告され,その有効性は検証されてきている。片や学習面での活用報告やデータの蓄積となるとあい変らず少ない。急激な勢いで浸透してきているネットも,学習面での活用としてはあまり活用できない状況にあるのである。

2_2 対象は誰か?

 さてネット上での学習利用を考える場合,一体対象を誰にするべきか。当然主体は学習者である生徒である。生徒が興味・関心を持つような題材を分かり易く,広範囲にわたって取得できる必要がある。しかし生徒の情報源としての価値と同時に,教師自身の教材研究としての存在価値も重要であろう。教材研究としてはもちろん様々な実践例などの情報は,教師側が特に必要とするものである。

2_3 試される大地。北海道 〜北の地からの試み

 北数教高校部会では'97年からネットワーク型の教材データベース「数学のいずみ」を公開している。数学にまつわる話題を集めた「数学トピックス」,普段の授業実践の報告例を収めた「実践記録・レポート」,テーマを絞って研究を深めていく「テーマ別共同研究」などがある。収録されているレポート数は200本に達している。'98年の山口大会でもその内容を紹介したが,その後,地域の高校生の数学の資質向上のために長年実施してきている「北海道高等学校数学コンテスト」や長年蓄積された中でシリーズ化された「数学の小手技」「数学玉手箱」などが新たに加わった。
 年代を問わず多くの意見も寄せられ,小さな試みが長年の蓄積と同時に数学教育に少なからず役割を担うことができるまでになってきた。
 遠く北の地である北海道からの1つの試みといえる。

 

 

3. 道具としてのブラウザソフトの活用

3_1 ネット閲覧以外の用い方

 ブラウザソフトでインターネットを閲覧する。これが基本であるが,他のアプリケーションソフトと同様にブラウザを1つの"道具"として授業に活用することも可能である。
 現在ではブラウザはフリーソフトとしての側面を持つと同時に,ブラウザ上で様々なソフトが活用できるため,強力な"道具"となり得る。そうした具体例をいくつか次に見ていきたい。

3_2 点と面の感覚を見につける 〜LiveGraphics3D

 「LiveGraphics3D」は基本的にはMathematicaで作成した3次元図形をブラウザ上で動かすソフトであるが,HTMLファイル上でも作成することができる。
 下の右図はHTMLのソースファイルの数値を変えることで,与えられた3次元図形を作成しようというものである。このソフトの特徴はブラウザ上で拡大・縮小,回転,分解などができるため,3次元の感覚を身につけるには適したソフトといえる。

 

 

3_3 切断面をイメージする 〜VRML

 Cyber空間を構築するVRMLは複数の図形をそれぞれ動かすことができるようになって,教材としての活用性が広がった。VRMLコードは,APIを使用せず構造化されたノードを用いて作成する。このノードで3次元図形を作成さえすれば,マウスで移動・回転させたり,視点の変更,イベントの発生など,さまざまな機能を発揮させることができる。なにより,テキストベースで作成するだけで,すぐに表示できて移動できるところが手軽で使いやすいといえる。
 円錐曲線としての2次曲線の説明や,さまざまな3次元図形の切断面の提示に適している。

 

 

3_4 インタラクティブな活用 〜Java Applet

 Javaとしての活用は既に一般的になってきている。Scriptのページも多く見受けられるが,思い通りの教材を作成するにはAppletが必要になる。
 下にあげた例は数学Cにおけるいろいろな曲線と一次変換であるが,ともにパラメータを変化させることによってその役割を発見させようというものである。

 

4. WWWナビゲータとしての活用

4_1 1枚の画像から 〜イメージを大切に

 数学教育の中では論理的な思考力を養うことも大事であるが,色々な題材をイメージを大切にしながら学習することも大事ではなかろうか。例えば式だけで証明するよりも,たった1枚の画像を通して理解することで,より印象に残り,また本質にも迫ることができる場合も多い。
 そうしたイメージ画像を大切にした"数学通信"が「数学玉手箱」である。

  4_2 情報の在り処は何処?

 この「数学玉手箱」はイメージ画像を大切にしながら,その題材のエッセンスだけを易しく解説している。そしてそれぞれの説明の最後には,その題材のソースをどこから入手してきたかということを"アドレス"という形で載せている。自分がもっと詳しく知りたいと思う場合には,そちらを参照すればよいのである。
 検索サイトでの情報の入手では,内容は開いてみないとわからないため,手間がかかる割には欲しい情報がきちんと得られるとは限らない。「数学のいずみ」に収められている内容をベースに,「数学玉手箱」がナビゲータとしての役割を担うわけである。

 

 

4_3 ネットの特性を活かした形で

 この「数学玉手箱」は基本的になメディアは"プリント"である。授業にあわせて関連する題材を数学通信的に配布し,必要があれば授業の中で取り上げて話題としたりする。決してネットの"押し付け"ではない。
 しかし,情報の在り処を知らせるというナビゲータとしての役割を持たせることで,ごく自然な形でのネットとの関わりが持てるといえる。家庭でネットを閲覧できる生徒も増え,中・高性からのメールも多くなってきている。

4_4 手作り教材の良さも忘れずに

 「数学玉手箱」では手作りの教具を扱ったものも多く取り上げている。写真をいれて解説することでよりわかりやすくなる。こうした題材は,特に授業での活用の際には大いに有効である。
 例えば自作のブラックボックスを用いての関数概念の指導,内心・傍心を利用した折り紙の指導。こうした教具を取り上げて指導するときには,非常に役立ったといえる。

5. 他の素材との融合

5_1 生徒をひきつけるための1つの方法

 「数学玉手箱」同様,生徒の興味・関心を引き付けるために実施しているのが「マスオ博士の気ままに数学」である。これは生徒に配布する補助プリントの中にマンガ的な要素を多く取り入れ,少しでも数学に対する抵抗感を和らげようと実践している。例えば,教具「ディスクピラミッド」を用いた漸化式の導入時の授業で,ルール説明のために利用した。自分で教具を用いて,数列の並びの規則性を見つけ出しいくわけだが,マンガ的要素を取り入れたプリントを用いることで新鮮な効果があった。漸化式という難しい考え方への抵抗感が,少しは取り払えたのではなかろうか。

5_2 ネット上での解決編公開

 この「気ままに数学」は問題編と解答編に分かれている。生徒に配布するのは問題編で,解答編は授業の中で説明していくため配布しない。しかし,授業の最後で。きちんとした解答編がネット上で見られることを,さりげなくアナウンスしておく。興味のある生徒は,案外見ているようである。
 この「気ままに数学」を別な学校で使用したというメールも頂いた。決して生徒への迎合ではないが,こうした手法も自分自身が新鮮味を持って授業をできる点で,多いにこれからも続けていきたいと考える。

 

6. これからの課題

6_1 ネットの特性をもっと考えて

 インターネットが数学教育全てに有効であるかのごとく扱われるのは間違いであろう。もっとその活用法をしっかりと考える必要があるのではないか?コンピュータ全般にいえることであるが,不必要な場面での活用は意味がない。"インターネット"という話題性ばかりが先行すると,コンピュータ教育に逆効果を及ぼす可能性もあり得る。

6_2 "道具"としての活用を見直すべきでは

 すでに"環境"としてのコンピュータといわれているが,"道具"としてのコンピュータの活用を再度見直す必要もあるのではないだろうか。次期課程の中では新教科「情報」が設置される。コンピュータは「情報」に任せればよい,となれば,数学教育にとってはコンピュータの活用が後退する可能性も危惧される。「情報」の中には数学的素養があまり入らないことが予想され,数学教育においても本当に必要な題材における"有効"な活用を大事にしていかなくてはならないのではないだろうか。

6_3 人と人とのネットワークを広げて

 ネットワークの基本はやはり人と人とのつながりであると実感している。「数学のいずみ」を公開してから,道内はもとより全国各地の人たちとの交流が生まれた。"数学"という1つの共通テーマを通して,多くの人たちから御意見や賛同も得られた。具体的には次のページを参考にしていただきたい。これからも最も大切にしていきたい,また大切にしなくてはならない事であろう。

6_4 地盤をきちんと見据えて

 最後に「数学のいずみ」は北数教高校部会の2つの研究部会の日常的な活動がベースとなっている。普段の授業に役立つ教材の研究,それが基本である。
 ささやかにスタートした北数教数実研も既に7年目を迎えた。参加者も増え,札幌市外の先生方の参加も目立ってきた。道外からのレポート参加やメールを通しての質問・意見や様々な交流も増加してきている。人と人とのネットワークを大事にしながら,より多くの生徒が数学に関心を持ってくれるよう,これからも地道な活動をしていきたい。

 北海道算数・数学教育研究会
 高校部会 研究部

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