毎週水曜日定期発行
Weekly Mathematics Magazine
《数学通信》
MAT-10 1992.9.30(Tue)

★パラドックスの話★

突然ではあるが,パラドックスの話をしよう.いきなりこう言われてもいったい何の事だろうと思うかも知れないが,まあ,最後まで話を聞いてごらん.

さて,パラドックスとは何だろう?パラドックスとは日本語で言うところの【逆理】と呼ばれる物で,理論上正しいと思われる事柄を誤りとしたり,誤りと思われる事を正しいように導く推論の事を言う.後で具体的な例をいくつも出すが,パラドックスには大きく分けて次の3種類がある.

(1) あきらかに間違いのもの.

(2) 一見間違いであるが,実は正しいもの.(その逆で,一見正しいようであるが,実は間違いのもの.)

(3) 間違いとも正しいとも断定できないもの.

そのパラドックスであるが,これは実は,紀元前5世紀のギリシャに始まるものである.あの有名なゼノン(B.C.490-429)が最初に考え出したと言われているが,まあ詳しい事は分からない.ただ,このパラドックスの数学に与えた影響は大きく,定義,推論に対する厳密性をより求めるようになり,数学発達の刺激剤になった一面もある.その一方で,ギリシャ数学は無限という概念に悩まされ,無限を放棄してしまったと言う一面もある.

まあ,それはそれとして,具体的なゼノンのパラドックスを紹介しておこう.

T.二分法〜線分ABではAからBへはいけない!?〜

A地点からB地点までの距離を歩いていこうとする旅人がいる.ところがその旅人はまずAからBまでの距離の半分の距離を歩かなければならない.次に,残っている距離の半分の距離をすすまなければならない.そして,また次に残っている距離の半分を進まなければならない.そうやって歩いていくと,いつでも目的地に着くためにはその直前に残した距離の半分が残ってしまう事になる.つまり,旅人はB地点に着けないと言う事になる.

U.アキレスとカメ〜駿足アキレスは鈍足なカメに追いつけない?!〜

アキレスは駿足で名高い人物である.そのアキレスがのろまなカメに追いつけないというから不思議ではないか!具体的な話をしよう.最初カメはアキレスの100メートル前方にいる.そして,アキレスはカメの10倍の早さで走れるものとする.(実際にはそんなに遅いわけはないのだが,この数字だときれいな数字になるからだ.)この場合には,アキレスがカメの出発点に到達するまでにはカメはそこから10メートル進んでいる事になる.アキレスが110メートル地点に到達するまでには,カメは111メートル地点まで進んでいる.アキレスが111メートル地点まで着くときには,カメは111.1メートル地点まで進んでいる.以下同様に考えていくと,明らかにカメはいつでもアキレスの前にいる事が出来る事になる.

V.飛矢不動説〜飛んでいる矢は止まっている?!〜

飛んでいる矢は止まっている?そんははずはないと思うかも知れないが,実際に動いていないのだ.こんな風に考えてもらいたい.飛んでいる矢を考えてみよう.その矢は空間の中ではっきりとした場所を占めている.それはちょうど矢と同じ大きさの場所を占めるわけだ.だから,どの瞬間でもそれは静止していなければならない事になる.どの物体も空間で自分と等しい場所を占めるという事は,運動をしているわけにはいかないという事になるから.この事が,どの瞬間に対しての矢に対しても成り立つわけだから,飛んでいる矢は動いていないと言う事が出来る.

W.競技場〜一瞬とは一つの瞬間ではない!?

競技場に次のようになっている行列があったとしよう.

Aの列は立ったまま動かない.Bの列は右に動く.Cの列は左に動く.最初にながめたときに下のようになっていたとする.

A A A A

B B B B

C C C C

ところが,一瞬後には動いていて次のようになっていたとする.(実際にはかなりの速さで動いたと考えなければならないが.)

A A A A

B B B B

C C C C

BとCの列は同じ割合で動くが,BがAの一人分を通過するときに,CはBの二人分を通過する事になる.だから,一瞬というのは一つの瞬間というわけにはいかない事になる.なぜなら,CはAに対して動く2倍の速さでBに対して動いているのだから.

以上の4つが,紀元前から現代にまで伝えられているゼノンの有名なパラドックスである.基本的な考え方はどの問題も似ている.そして,これらの4つのパラドックスは,種類的には最初に紹介した(2) 一見間違いであるが,実は正しいもの.(その逆で,一見正しいようであるが,実は間違いのもの.)の部類に入る.

そしてこのパラドックスは既に古典であるから,現代はもっともっと面白い,そして難解なパラドックスがたくさん考え出されている.そんなパラドックスはこれから何回かに分けてこのMAT Informationで紹介していくつもりでいるが,とりあえずその前に,上記の4つのゼノンのパラドックスの矛盾点を君達は見つけられるだろうか?直感的に,そんなはずはない!!そう思えるのだが,では,どこに思考の過ちがあるのかと言われるとかなり難しい問題となってくる.

最後にもう2つ.『この文は十六字で構成されている』実際には15字で構成されているので正しくない.ではこの文はどうでだろう?『この文は十六字で構成されていない』この文は16字で構成されているのでやっぱり正しくない.さて,このジレンマを,どう

考えたらいいのだろうか? 黒板に次のように書かれている.

黒板に書いた表現の中には,誤っているものが3つあります. それらを選び出しなさい.

1.2+2=4

2.3×6=17

3.8÷2=4

4.13−6=5

5.5+4=9

さて,君達にこのパラドックスが解けますかな?

Printed in Tounn.1992.
Written by Y.O^kouchi.1992.
Copyright 1987,1992 MAT Inc.
MAT is Mathematics Assist Team Corporation.