毎週水曜日定期発行
Weekly Mathematics Magazine
《数学通信》
MAT-12 1992.10.15(Tue)

無限を考える★

銀河系の中心には,有名な無限ホテルがある.ここは,宇宙を旅する者の休息の地でもある.したがって,いつも無限ホテルは満室である.

さて,ある日,その満室の無限ホテルに一人の旅行者がやってきた.支配人は,快くその旅行者を引き受けて,部屋へと案内した.さて,ここで一つ問題である.どうやって支配人は旅行者のために部屋を用意したのだろうか?

満室なのに一つ部屋を用意する?満室という事は予備の部屋がないということである.その状態で更に一つ部屋を用意する?いっておくが相部屋ではない.ちゃんとした個室である.ここに,無限の不可思議さがある.ここに無限の謎がある.無限を考えるにはいい問題だと思う.

ちょっと話を変えて,数学的な問題を考えてみよう.無限にも実はいろいろとあって,大きな無限と,小さな無限がある.???大きな無限に小さな無限?無限とはどこまでも終わりがない状態を表す言葉であるから,そんな状態に大きいも,小さいもないのではないのでなかろうか?そう考えるのが普通であるが,実はそうではない.これだから数学の世界にのめり込んでいくと面白いのだ.悩む種にはこと困らない.

大きな無限と,小さな無限,その具体例として,こんなものをあげておこう.大きな無限の代表として,実数の無限を,小さな無限の代表として,自然数の無限を考える.どちらも無限には違いがない.だが,よく考えてほしい.自然数の無限の数と,実数の無限の数とでは,直感的に実数の方が多いということが分かると思う.なにしろ,自然数は1,2,3,4,5,・・・と続く数であるし,実数は0と1の間にすら無限の数を持つのであるから.

このように,無限の中にも大小関係?がある.言い替えれば,無限では,全体は部分よりも大きい,とは言い切れないということになる.この事を発見したのがドイツの数学者ゲオルク・カントールである.そして,この無限を小さい方からアレフ−1,アレフ−2,アレフ−3・・・ど命名した.この,アレフには深遠な謎がたくさん存在するが,その謎を解くことは,現代の数学にとっては最も興味深い挑戦の一つといえる.まあ,今の君達には言っていることの1/100も分からないだろうが.正直,話が難しいからね.君達の今の力では,だまされたと思うのが関の山である.

さて,話を元に戻して,無限ホテルの支配人はどのようにして旅行者に部屋を用意したのだろう?答は実に簡単である.宿泊客全員に今自分がいる部屋の番号よりも一つ大きな番号の部屋に移ってもらえばいいのだ.すると,1番の番号の部屋が空室になるので,無事に旅行者のために部屋を用意できると言うわけだ.理解できたかな?言っておくが詐欺でも,まやかしでもないからな!!!

同じように考えれば,次の日に4組の新婚旅行の客がやってきても充分に対応できる.有限組の客に対しては全て同じ方法,つまり,やってきた客の数だけ部屋を全員に移ってもらうということで満室にも関わらず旅行者を泊めることができる.

さて,有限組の客に対する方法は分かったが,では,もし,無限ホテルに,満室の無限ホテルに,無限組の客が宿泊しにやってきたらどうなるのだろうか?この場合は無限個宿泊客に部屋を移動してもらう,という訳にはいかない.???さあ,しっかりと悩んでみてごらん.頭なんか生きているうちにしか使わないのだから,ましてや,人間なんか,ほとんどの者が30前には馬鹿になっている.(俺のような例外もいるが.)考える事を放棄して,使う事を忘れて,阿呆者になっている.君達とて例外ではない.そこで,俺がそんな君達に少しでも救いの手をさしのべようと,このような疑問を投げかけているのだ.感謝してもらいたいものだ!!さて,そんな話はともかくとして,無限組の宿泊希望者に対して,支配人はどのようにして無限個の部屋を用意したのだろう?

答は,宿泊客全員に自分の部屋番号の2倍の番号の部屋に移ってもらえばいいのである.すると,今までの宿泊客は全て偶数番号の部屋に宿泊している事になり,奇数番号の部屋が全て空になった事になる.奇数は当然の事であるが,無限個存在する.つまり,無限個部屋を用意できた事になる.

これであれば,何度無限組の客が訪れても繰り返し同じ方法で対応できる.

またある時,無限組の団体が2つ同時に無限ホテルにやってきた.しかし支配人,少しも慌てずに2つの無限組の団体に対して見事に部屋を用意した.さて,どうやって部屋を用意したのだろう?もう分かるよね?!無限組の団体が1つでも2つでも3つでも,基本的な考え方は全く同じである.

そう,君は賢い!!今までの宿泊客全員に自分の部屋番号の3倍の番号の部屋に移ってもらえばいいのである.すると今までの宿泊客は全て3の倍数の部屋に宿泊していた事になり,新しくやってきた無限組の宿泊客の一組目の方を,部屋番号が3で割って1余る番号の部屋へ,もう一組の無限組の宿泊客を3で割って2余る番号の部屋へ案内すればいいのである.三で割って余る数も,3で割って2余る数も,どちらも無限個存在するのだから.

こうして,いつも銀河系の中心にある無限ホテルは満員にも関わらず,訪れる旅行者に最高のもてなしを続けているというわけだ.

本当にあるのならば,一度行ってみたいものだが・・・.

もちろん,これは理論的な話であって,実際に無限個もの部屋をつくる,とか,無限個もの部屋を持つホテルを建てるとかいう事は,我々3次元世界の発想では不可能であるが.そうすると,また4次元の話や,時間の話になっていったりするから面白いよね.暇だったら,いや,興味があったら真剣に1年ぐらい考えてみるといい.頭の中がグチャグチャになっていくから.でも,そこが面白いんだよね,数学の世界は.

無限であるが故に,大きさを把握できないし,無限であるが故に,我々の想像を越えている.数学の世界こそ,実は想像力を本当に要する世界なのかも知れない.今までの常識を否定したときに,そこから新しい数学の世界が生まれてくるし,そこから生まれた数学の世界が無限に広がって行くのである.

無限を考えるのに,我々の頭の構造は有限過ぎる.あまりにも,日常という陳腐な世界にとらわれすぎている.4次元の話でもそうであったが,我々が3次元人である限り,4次元人の考え方が理解できない.それと同じく,我々が有限である限り,生命をも含めて,そう,人は必ず死ぬのであるから,無限というものが本当の意味で理解できないのだろうと思う.それでも無限に魅了されていくのは,無限に興味を持つのは,ある意味では子供のないものねだりに等しいのかも知れない.心がピュアな証拠でもあるんだよ.

数学が本当の意味において面白いのは,考えても考えても答が見つからないところにある.そう,君達が誤解している事の一つに数学は答が1つにきまると思っているようだが,そう考えるから,数学が面白くなかったり,嫌いになったりするのである.君達が今高校で習っているのは,本当の意味においての数学ではない.数学擬き(がんもどきとは違うぞ)である.入試のためにといじくり回された,数学を知らない素人にこねくり回されてできた悲しい産物でしかない.

本当の数学は,哲学に似ている.人生に似ている.そう,たった一つに答を決められないから,たった一つの答すら見つけられないから,面白いのである.嘆き苦しみ,悶え,のたうちまわるから面白いのである.

本当の数学に触れる事が出来るのは,大学へ行ってから,しかも,数学科なりに行かなければ触れる事すら出来ない.今のように,数学擬きにふりまわされて,本当の数学に触れる前に数学嫌いになっていく,そんな今の教育にこそ問題があるのだが,まあ,それはそれ.そんな事をここで行っても仕方がない.君達のうち,それこそ1人ぐらいしか本当の数学に触れるチャンスを与えられる者はいないだろう.いや一人もいないかも知れない.

面白いぞ.本当に数学の世界は面白いぞ.ただし,一度のめり込むと,二度と足抜けできないから,それなりの覚悟をしないと自分が苦しむ事になる.まあ,それだけの価値のある世界ではあるが.

覗いてみたいと思う,そう思うその気持ちが既に虜になっている証拠である.さあ,君も数学の真の世界へ!!!

<<次回予告>>
次回からは、数回にわたって、数学の世界を絵で表したものを紹介しようと思っている。これがまた妙に的を得ていて、そして面白いのだ。こうご期待.

Printed in Tounn.1992.
Written by Y.O^kouchi.1992.
Copyright 1987,1992 MAT Inc.
MAT is Mathematics Assist Team Corporation.