毎週水曜日定期発行
Weekly Mathematics Magazine
《数学通信》
MAT-24 1992.12.9(Tue)

 ★消えた1,000円★〜パラドックスPart-1〜

あるとき3人の男が,一緒に宿屋に泊まった.翌朝この3人は,15,000円を請求されたので,1人が5,000円ずつを出して女中に渡した.女中はこの15,000円を帳場へもっていったが,主人はそれは何かの間違いで,3人で10,000円でよいのだと言って5,000円を3人の客に返すように女中に言いつけた

ところが,この女中は,5,000円を客の所へもっていく途中で次のように考えた.

「第一この5,000円は3で割り切れない.お客はまだ3人で10,000円でよいということを知らないのだから,いくらかでもお金が返ってきたら,それでうんと喜ぶだろう.だから,この5,000円のうち2,000円は自分がフトコロにいれて,残りの3,000円を1人に1,000円ずつ返そう.」

 女中はこれを実行したのでお客の1人1人は,最初5,000円を出して1,000円返してもらったので,結局4,000円を支払ったことになる.

従って,合計は4,000円×3=12,000円

女中が2,000円をフトコロにしたので,12,000円+2,000円=14,000円

ところが,3人の客は最初に15,000円を出したのである.そうすると残りの1,000円はどこへいってしまったのだろうか?

 さてさて,君達はこの消えた1,000円の行方を捜し出すことができるかな?

これは優しいパラドックスだよね,というよりも,クイズみたいなもんだよね.

★処刑は可能か?★=予期しない絞首刑のパラドックス=〜パラドックスPart-2〜

口にするのも恐ろしい犯罪を犯した,極悪非道の囚人が,裁判で次のような判決をうけた.

「この者を,今日から7日以内の正午に処刑せよ.ただし当日の朝まで,そのことが本人にわからないようにすること.」と.

この判決をきいた囚人の主任弁護士は,躍り上がって喜んだ.なぜなら,次のような論法によって,処刑の実行ができないことがわかるからである.

主任弁護士の論法は次のようなものである.

「最終日の7日目の昼に処刑することはできない.7日目の朝まで生きていたら,もうその日に処刑されてしまうことがわかってしまうから.そこで7日目を除くと,処刑できる最後の日は6日目である.すると6日目の朝まで生きていたら,もうその日に処刑されてしまうことがわかってしまうので,6日目にも処刑できない.そこで6日目を除くと,以下同様に,最後の日が次々と除かれて結局処刑できる日がなくなってしまう.」

主任弁護士のこの論法には誤りはない.というよりも,誤りはなさそうである.

この主任弁護士の心強い話を聞いた囚人が安心していたところ,4日目の正午の5分前,死刑執行人がやってきて,次のように囚人に死刑の執行を宣告した.

「これからおまえを死刑にする.」

これを聞いて一番に驚いたのは当の囚人である.なにしろ,自分は死刑になどされないと安心していたのだから無理もない.あわてて囚人が死刑執行人に喰ってかかった.

「そんなことはできないはずですよ.なぜなら,明日からあとのどの日にも,処刑することはできないんで,処刑されるとしたら今日しかないことは,ちゃんとわかっていたんですからね.」

それを聞いて,死刑執行人は涼しい顔で問返した.

「それは確かな事かね.私はお前を処刑できないのかね.」

嬉しそうに,囚人が

「ええ,もちろんですとも.」と答えると,死刑執行人は瞳をきらっと光らせて死刑の執行を次のように宣告した.

「ではお前は,今日処刑されるとは思ってもいなかったわけだ.だから,私はお前を処刑できる.」と.

こうして哀れな囚人は,あっさり絞首台にかけられてしまったのである.

さてさて,このパラドックスを君達はどう説明するであろう?死刑は執行できないと考えた主任弁護士の推論は,どこかが間違っていたのだろうか? それとも,死刑執行人の言い分が正しくなかったのだろうか?

もし,君達が囚人だったら,どのように考えるかな?

これは《予期しない絞首刑のパラドックス》として知られる有名な問題である.1940年代に登場した問題であるからさほど古い問題ではないが,今までに数学者ゲーデル,哲学者クワイン,エイヤーなどが挑戦したが,いまだ正確な説明はなされていない.好奇心旺盛な人,あるいはチャレンジ精神旺盛な人,是非ともこのパラドックスに挑戦してみてください.

同じ内容のパラドックスを次のような話に置き換えて出題された事もある.

:問題:

とても仲の良い夫婦がいます.夫は真面目で優しく働き者,妻に対しては絶対に嘘は言いません.妻は愛情深く美人で思いやりのある女性です.

そんな夫が,妻の誕生日のプレゼントとして,”君の絶対に予期できないような物をプレゼントしてあげるよ.きっと君は驚くよ.なにしろ僕は君に金時計をプレゼントするつもりでいるのだから.”と言いました.これを聞いた妻は考え込んでしまいました.なにしろ夫は嘘をつくような人ではありません.ですから金時計をあげると言えば,本当に金時計を贈るでしょう.でも,もしそうであれば,自分が予期できない物という事に反します.

それから数日妻は考え続けて,結局夫が何をプレゼントしてくれるのかわからないまま,誕生日を迎えました.

夫がくれた物は,やっぱり金時計で,実はそれは妻の予期できなかった物でしたので,妻は大いに喜び,また,夫も自分の言葉に嘘をつかなかった事になります.

このパラドックスも前問の死刑囚のパラドックスと同様に予期せぬパラドックスの問題である.いったいどこに論理の矛盾が存在しているのだろうか?

正直この問題は超難問である.多くの数学者,哲学者を今でも悩ませ続けているパラドックスの問題であるから,君達が向かって行って太刀打ちできるとは思わないが,それでも挑んで行く価値は十分にある問題である.ちょっと頑張ってみてご覧.絶対に面白いから!!ただし,そのおかげで眠れなくなっても責任は負いかねるので悪しからず.

Printed in Tounn.1992.
Written by Y.O^kouchi.1992.
Copyright 1987,1992 MAT Inc.
MAT is Mathematics Assist Team Corporation.