学校(数学)教育とインターネット
2-1 今の学校教育に欠けているもの
私達が日常行っている授業は、毎日毎日を、そして1年1年を区切りにして行っている。その年、その学年の、その学級の生徒たちの顔を思い浮かべながら教材研究をしている。その日の授業で失敗した点があれば次の授業で補い、テストの結果が思わしくなければ補充する時間をとったりもしている。教師もそれなりに一生懸命なのではあるが、努力の成果が蓄積されないという一抹のむなしさも無いわけではない。
私なりにその原因を探ってみると、次の4点が挙げられた。
(1)教師が教材研究して行った授業の内容が、「教師の授業の改善」という視点では役に立っているが、そこで行われた生徒の学習活動が、直接次年度の生徒に役立っているとは思われない。つまり「生徒の学習の改善」という視点では成果があったかについては疑問が残る。
(2)生徒が学んだ知の財産が、次世代に向けて共有されていない。ここでいう「知」とは、学習内容そのものだけではなく、学習するための学習、学ぶための方法、つまり「メタ認知」的なものを指す。
(3)授業の内容が限られた年間授業時数の中では制限を受け、必要と思われる学習内容に対して制約があること。ただし、授業内容に取捨選択の必要がある場合もあれば、生徒の要求にあわせて膨らませてやらなければならない場合もあろう。
(4)授業が、教師と生徒の間だけで完結しており、外部への広がりを感じられない。学習が学校という範囲の中でいろいろな意味で制限されている。
2-2 改善への方針・施策
2-1(1)でいう「教師の授業」や「生徒の学習」をあらためて「学習内容」と言い換えると、この蓄積されない「学習内容」を蓄積されるようにするためには、コンピュータ・ネットワーク(以下、これを単にネットワークという)上でのデータベースのモデルがふさわしい。通常のデータベースには特定の管理者がおり、その管理者がいっさいのメンテナンスを普通は行う。しかし学校現場において、通常の授業や校務以外にこのようなメンテナンスの仕事が入っては時間的にたまらない。そこで、教師・生徒双方がこの学習データベース(以下、これを単
2-1(2)でいう「メタ認知」の問題は、「学習内容」を捉えるのにデータベースの内容にとどまらず、データベースの操作そのものにまで拡張してとらえるのである。一つの概念を形成するにも多様な見方や考え方、方法がある。それらに対応するものは、概念(データベース)に到達するまでの操作なのではないだろうか。さらに、このデータベース・モデルを構築するに当たっては「リンク」の考え方が導入されるのだが、知識や学習内容がこの「リンク」によってある意味で変容していくことは興味深い。
2-1(3)については、教師が行う授業の内容と生徒が学習すべき内容とは、一般的には同じではない。普通はそのギャップを埋めるのに生徒は苦労するのだが、そこで用いられるのは参考書や問題集である。しかし、参考書や問題集で語られるのは到達すべき問題への解答方法であり、紙面などの制約からそれらがすべて数学が本来持つ内容を提示しているとは思えない。理解への道で出会う多様な間違いや、ちょっと横道にそれることが許されるような豊かな数学の世界が求められる。
2-1(4)でいう「学校の閉鎖性」というのは明らかであろう。生徒が学習の過程で頼りにするのは、学校の教師であり級友であり、そして目の前の参考書や図書館である。疑問の程度にもよるが、学校外の専門家に尋ねられるなどという環境にはない。もっとも、生徒を教えるのが学校の教師であるから、学校数学の枠を超えた疑問を生徒が持つことは希であるともいえる。この物理的な枠組み、心理的な枠組みを取り払うためには、どこかの壁をヒョイと乗り越えるような物理的な解決方法ではあり得ない。
以上の考察から、2-1に挙げた4つの問題点を改善するために、次に述べる『MathOn-line』を構想し、そのプロトタイプをインターネット上に構築した。その概要を示し、効果と問題点を探る。
2-3 『MathOn-line』の構築
2-3-1 『MathOn-line』はどこにある
『MathOn-line』はインターネットにおいて公開され、物理的には北海道旭川凌雲高校のホスト・コンピュータ
squirrel にある。その所在はインターネットでは URL (Uniform Resource
Locator) と呼ばれ、
というものである。もしお近くにインターネット・カフェなるものがあれば、そこのコンピュータに打ち込むことで直接『MathOn-line』の世界にはいることが出来る。
2-3-2 『MathOn-line』オープニング・メッセージ
『MathOn-line』のホームページには、最初に訪れる人に対するメッセージがあり、そこには次のように書かれている。
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学校では毎日、教師も生徒も一生懸命学習に励んでいます。(^_^;
しかしながら、今年頑張った成果も、来年の生徒にはほとんど生かされていないのではないですか。毎年同じことの繰り返しで、みんなの努力が蓄積されていないのです。
そこで 『MathOn-line』 は、このような現状を打ち破ろうと企画されました。
日常の授業の中で、メインストリームからははずれるかもしれないが、
見方や考え方をちょっと変えると面白い!そんな素材を集めてみようと考えたのです。
限られた時間の中での授業ではなかなか紹介しきれないことって、結構ありませんか。
そんな話題を持ち寄って、教師も生徒も関係なく、一般の人も混じってワイワイ数学を
楽しめる。そんな場所にしたいと願いました。
まとめると、
1. みんなの楽しい話題を持ち寄る。
2. みんなの考え方を、みんなで共有する。
3. 学校数学の枠にとらわれないで、自由に数学する。
4. 生徒・教師・一般社会人の枠にとらわれない交流をする。
5. これからの学習者にとっては、蓄積型の数学データベースとする。
といったところでしょうか。
ホンの駆け出しの 『MathOn-line』 です。ご意見やご感想をお待ちしています。
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2-4 運用の実際
2-4-1 『MathOn-line』ツアーガイド
(1)『MathOn-line』のホームページにはメニューがあり、いろいろな分野から項目を選択することが出来る。ここでは「式と計算」の分野から「2項展開公式と面積・体積のイメージ」を選んでみる。
(2)2項2乗の展開公式が、その面積のイメージと共に示される。ユーザーはここで、式と図を眺めてそれが何を意味しているかを考えることになる。『MathOn-line』はここで必要な場合には適当な解説を与える。
(3)スクロールする画面の下には簡単なアンケートが現れ、このような図形イメージを既知としていたかとか、必要性を感じるかなどと問う。例えばこのメニューの場合、たわいのない内容であるにもかかわらず、多くの学生や一般社会人が知らなかったと答えている。
(4)2項3乗の展開公式が、その面積のイメージと共に示される。この場合、2乗のときと比較して、展開された各項の図形イメージが図の裏に回ってしまうので掴みづらく、理解に困難を覚える人が多い。
ここでさらに丁寧な解説が必要なのではないかとか、別の図も用意した方がよいのではないかという考え方もある。
(5)2乗の場合と同じように簡単なアンケートがあり、他にも、パスカルの三角形を知っているか、などと発展的なことについても質問している。
(6)最後に、ユーザーのプロフィールについて、性別・年齢・職業(高校生/高校生以外の学生/数学専門の教育関係者/数学以外が専門の教育関係者/その他の社会人)・居住都道府県・意見感想 などをたずねる。
2-4-2 自律的蓄積型であること
「2項展開公式と面積・体積のイメージ」のページで回答した内容は、末尾にある送信ボタンによって、ホスト・コンピュータ、つまり凌雲高校の
squirrel というワークステーションに送られ、そこでデータベースとして蓄積される。これはインターネットWWWにおける
CGI (Common Gateway Interface) という機能による。
このことは、 『MathOn-line』 がデータベース管理者の手を煩わせることなく自律的にデータを収集する(もっとも、『MathOn-line』
にアクセスしてくれる人の善意によってだが)ことを意味し、学校の枠を超えて知識を蓄積していく。多くの人々の思慮に富んだ示唆によって、これらのデータは深い意味を持つ情報へとすでに変容している。
2-4-3 情報のフィードバック
自律的に蓄積された情報は、データベース管理者によって編集され、
『MathOn-line』 のホームページから読むことが出来るようになる。これらの情報をさらに他の人が読むことによって、情報は反芻され、さらに深まっていくことが期待される。このフィードバックの繰り返しが、
『MathOn-line』 の本質であるといえる。
2-5 問題点とこれからの展望
2-5-1 アンケート入力フォームの定型効率化
ユーザーが送信したデータを手作業ではなく、自動的に集計するためにはプログラミング能力が必要となる。またプログラミングが出来たとしても、テーマのそれぞれに対して異なったフォームの集計をするのでは大変な労力を伴う。基本的な入力フォームを設定することで効率的な構築を可能となるようにしたい。また思い切って電子掲示板的なもので代用できるかもしれない。現在試作を終え、試験運用に入る段階である。
数的なアンケートに対しては、グラフをもってその結果を得られるようにしたい。
2-5-2 フローの制御
2-4-1(2) や 2-4-1(4) で見られるように、解説文や図を与えるための分岐が必要となる場合がある。そのためには、従来のドリルやチュートリアルタイプの
CAI 的な手法が必要になる。現在のホームページの構築方法 (HTML=Hyper
Text Markup Language)では CAI のための機能に不足があり(本来HTMLはそのようなものではないから、当たり前といえば当たり前)適当なところでの妥協が必要になる。また、
『MathOn-line』 はそのような姿をもともと意図してはいないともいえる。
2-5-3 コンテンツの共有
2-4-1(5) にあるような発展的な事柄を、ユーザーから提示されることがある。このようなときに、データベース管理者がデータベースの内容(コンテンツ)を構築するのもいいが、もっといいのはユーザーからコンテンツそのものを提供してもらうことである。
アンケートの中で、あるいはメイルなどを用いて提供してもらうことになるのだろうが、そこで数式表現の困難性が重くのしかかってくる。グラフィックスで送信するという手もあるが、データ量が増大することや、コンテンツ作成の手間などが問題になる。HTML
のバージョンアップによって解決の道も見えているので、今しばらくの時間が必要である。
2-5-4 コミュニケーション
アンケートには特に氏名などを記入する項目はないのだが、中には連絡を取る必要が出てくる場合(ユーザが望む場合/データベース管理者が望む場合)がある。E-mail
のアドレスくらいは自らの意志によって選択の上、記入してもらった方が良いようだ。提供してもらう情報データの著作権や、匿名性の問題、インターネットには社会的に解決されていない問題が山積している。このような問題をいかにクリアーしていくかという点も重要な観点である。
2-5-5 『MathOn-line』 が目指す方向
インターネットは広域分散処理ネットワークである。すなわち 『MathOn-line』 の管理運用もホスト・コンピュータのあるところで1人が行う必要はない。インターネットに接続できる人なら誰でも(広域)、少しずつ手分けして得意な分野を(分散)管理運用すればよいのである。 『MathOn-line』 に興味関心がある方がいらっしゃれば、一つのプロジェクトとして運用していくことが可能となる。実はこれが 『MathOn-line』 の目指す姿なのである。