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1 数学教育とコンピュータの関わり

1_1 コンピュータを授業で利用する目的

 数学の授業の中でコンピュータを活用している人は,実質的にはそう多くはないと考えられます。その原因としては,基本的に必要ないと考えている,効果的だと思ってもスキルが不足している,またはスキルはあっても手軽にできる環境がない,など様々なものが考えられます。
 また,コンピュータを授業に用いるといってもその方法は色々あります。直接生徒が自らコンピュータに触れて操作するものから教師が提示用として使用するもの,更にはプリントとして活用する場合など様々です。
 まず,何のためにコンピュータを利用するかという基本的な押さえをしっかり持つことが大事だといえます。コンピュータを授業に用いる基本的な利点としては,次の点が考えられます。

 ここではコンピュータの活用例として,どういった場面でどのように使用することができるのかを具体例をもとに考えてみたいと思います。

1_2 数理科学としてのコンピュータ

 現在のカリキュラムでは数学A,B,Cのそれぞれに,数値演算やアルゴリズムを扱う内容が盛られています。こうした内容は新教科「情報」における「アルゴリズムの基礎」とも重なる内容です。こうした数理科学としての内容を真正面から扱う実践を考えて見ましょう。
 具体例としてプログラミング言語ソフト「十進BASIC」を用いた実践例を紹介します。「十進BASIC」は文教大学教育学部の白石和夫先生が作成したフリーのソフトです。詳しくは次のページをご覧ください。
  →「(仮称)十進BASICのホ−ムページ」
   http://hp.vector.co.jp/authors/VA008683/

 特に十進BASICを授業で使うときの利点としては,次の点が挙げられます。

 それでは実践の主な流れを見てみましょう。

○オリジナルのテキストをもとに実施
主に3つの分野,すなわち,プログラミングの基礎(変数と式,代入文・入力文,繰り返し処理,条件判断,配列変数),アルゴリズムの基礎(最大・最小値・平均値,並べ替え,検索),グラフィックス(グラフィックスの基礎,曲線の描画,図形の変換,演習:図形の描画)をオリジナルのテキストで実施。

○授業の進め方

  1. 例題の説明
    最初にテキストの例題を教師が説明する。必要に応じて,黒板での説明,ディスプレイ上での説明(一斉送信)を与える。
  2. 課題の演習
    説明を受けた後,生徒は例題に沿った類題問題を行う。教師は必要に応じて期間巡視しながら,生徒の質問に答える。
  3. 課題の提出
    課外を終えた生徒はソースプログラムを自分のフォルダに保存。その後,メールで作成したファイルを添付して教師側の指定したアドレスまで送付する。教師は送られてきた課題を確認し,チェックする。

○授業の様子

= 生徒作品例 =

○評価問題について
プログラミングの基礎やアルゴリズムの基礎における問題については,これまでも多く扱ってきました。現課程に数学においても評価問題としてはある程度定着しているといえます。今回はグラフィック関係の部分を評価問題に取り入れてみました。詳しくは次のページをご覧ください。
  →「新教科「情報」CG分野における「数学」」
   http://www.nikonet.or.jp/spring/cg/cg.htm

次のプログラムは下の(1)〜(3)の直線を描画するものである。それぞれのグラフに対して,空欄を埋めよ。ただし,PLOT LINES : x1 ,y1 ; x2 ,y2 で,2点(x1 ,y1), (x2 ,y2)を線分で結ぶものとする。

SET WINDOW -3,9,-1,16
DRAW AXES
LET  Y=0
FOR I=1 TO 5
   PLOT LINES : 0,Y;5,Y
NEXT I
END

  →「十進BASICを用いたプログラミングの指導」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/program/program.htm
 富川高校の小笠原先生も十進BASICを用いた同様の実践を行っていますので,次のページをご覧ください。
  →「数学的活動中心の数学教材」(小笠原 節)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/kyouzai/kyouzai.htm

1_3 発見学習としてのコンピュータ

 数学の授業の一部分において生徒が自らコンピュータを操作し,数学の題材を自ら考えていく,そんな活用法をいくつか紹介しましょう。
 まずは関数グラフ表示ソフト「Grapes」を用いた実践です。このソフトは大阪教育大学付属高等学校池田校舎の友田勝久先生が作ったフリーウェアで,次のような様々な特徴があります。

 このソフトを用いた2次関数の実践例を紹介します。

○2次関数の式の形を一般形から先に導入
一般形の式を先に与えパラメータの変化を生徒に考察させました。一般的な形から導入する方がより自然で,特にパラメータbの役割が生徒に問題意識を持たせます。標準形での動きの単純さが引き立つことにより,標準形の重要性が感覚としてわかります。
○作成した画像をワープロにまとめるという"実習感覚"
パラメータを変えて得られるグラフをGrapes上からコピーし,ワープロに貼り付けるという作業をさせました。最後に各パラメータの果たす役割を考察させ,プリントを提出させました。
○2次関数の一般形のパラメータbの説明の補足に「和関数」としてのイメージを導入
2次関数の一般形のパラメータbの持つ意味はなかなか難しいところですが,数実研で札幌新川高校の中村文則が発表された「和関数」の考え方を補足として説明しました。
  →「和関数としての2次関数のグラフ」(中村文則)
   http://www.nikonet.or.jp/spring /add/add.htm
y=ax2+bx+cのグラフをy=ax2とy=bx+cのグラフの和関数として考え,y軸上の切片cでy=bx+cの直線に接するということを,パソコンでパラメータを変えながら提示します。

 実践例についての詳細は,次のページをご覧ください。
  →「2次関数の導入部分におけるコンピュータの活用」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/gp_ft/gp_ft.htm
 また,札幌拓北高校の時岡先生が,「円と直線」「いろいろな曲線」「不等式の表す領域」においてGrapesを用いた実践をされていますので,そちらもご覧ください。
 →「コンピュータ利用の授業報告」(時岡郁夫)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/cp_rpt/cp_rpt.htm

 次に,徳野行太氏の作成したフリーソフト「Virtual Solid」を用いて,空間図形の断面図や展開図指導での実践を考えて見ましょう。このソフトはVersion1.00に限りフリーのソフトで,次の2つの点に特化したフリーソフトです。

○空間図形の切断
立体上の3ヶ所を指定することにより,任意の位置で図形を切断できます。切断は一度だけでなく何度でも実行できます。また,切断した立体を後から展開することもできます。

○空間図形の展開
立体を任意の形に展開できます。展開後,頂点や辺がどのように接していたかを調べることができます。

 利用可能な立体としては,全ての正多面体・角柱・角錐・球があります。また,立体の面ごとに自由な色を割り当てたり,切断面を真正面から見ることができるなどの工夫がなされています。空間図形の導入部分において,立方体の展開や切断面の学習に大変役に立ちます。小学校高学年から導入される内容ですが,現在の生徒にとってはこうした空間把握はとても苦手な分野のようです。特に展開も切断も11種類あることを提示し(切断面で等脚台形を入れると12種類),全ての場合を生徒に発見させることはかなり困難な状況です。とても1時間ではこなしきれない課題かもしれません。最後に解答として配布したプリントが,次のページにあるので参考にしてください。
  →「数学玉手箱 立方体の展開・切断」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/MathTopic/MathTopic.htm

1_4 提示用教材としてのコンピュータ

 次に授業における提示用教材としての活用法を,いくつかの具体例をもとに考えてみましょう。構内LAN整備が進む中,プロジェクタを用いた「解説型」「問題提示型」での利用がこれからのコンピュータ利用の中心となることは明らかでしょう。提示用教材としての活用は様々な題材が考えられます。そのうちのほんのいくつかを紹介します。

 まず,関数グラフ表示ソフト「FunctionView」を用いた活用例を紹介します。このソフトは群馬県立桐生工業高校の和田啓助先生が作成されたフリーウェアのソフトです。提示用,プリント教材におけるグラフ作成のほか,再配布フリーのため全てのパソコンにインストールして生徒に問題解決の場面で操作させることも可能です。現場で授業を担当する高校数学教師が作成したプログラムの為,実際の授業を想定した機能が最初から備わっており,アニメーションなどの作成が簡単にできるところが最大の魅力だといえます。次にあげるのは接線の変化,平均変化率に関する教材ですが,こうした提示用の教材作成では,FunctionViewは大きな威力を発揮するといえます。
  →「数T関数における提示用教材・基本例」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/ft_pre/ft_pre.htm
  →「【演習】高校数学支援ツール「関数グラフ表示ソフト」」(菅原満)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/Fview/Fview.htm

 構内LAN整備に伴い教室内にもインターネット環境が整うことを考えれば,ネット上でブラウズできる教材は大変魅力があります。そんな教材をVRMLとJavaの2つを例にとって考えて見ます。

 まずVRMLを用いた提示用教材の作成例です。VRML(Virtual Reality Modeling Language)はHTMLの3次元版であり,インターネット上でサイバースペースを構築するための言語です。言語といってもCや他のコンピュータ言語のようなプログラミング言語ではなく,"シーン記述言語"といえます。VRMLのイメージは,まず一つの風景(シーン)があり,その中にいくつものオブジェクト(ノードという)が配置される,といったところでしょうか。VRMLファイルはコンピュータに理解可能なオブジェクトの集合に変換され画面上に表示されます。つまり,プラットホームに独立なのです。
 まさにコンピュータグラフィックス向けに特化したもので,豊富なモデルを容易に生成することができる組み込み機能を多く備えています。なによりテキストベースで作成し,読みとり可能なブラウザがあれば,すぐに表示できるところが手軽で使いやすいといえます。
 具体例で示しましょう。次の例は円錐曲線をイメージ化させたものです。


  →「VRML2.0 TUTORIAL」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/VRML2/Vrml2.htm
  →「Let's Create The 3D Graphics」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/Ma_VRML/Ma_VRML.htm

 次にJavaアプレットを用いた教材作成例を紹介します。プログラミング言語Javaの特徴を大まかに列挙すると次のようになります。

 具体例をもとにJavaアプレットを用いた教材例を見てみましょう。次の例は,作用素としての行列の役割をパラメータの変化とともに考えさせるものです。対称移動,拡大・縮小,ずらし変換,回転移動,退化する変換などの基本的な変換と行列がどのような関係があるかを見ることができます。更には複素変換との関係にまで発展させて考えさせます。まわりくどい説明より身近な画像を変換させることでイメージできやすくなります。
  →「Javaで1次変換」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/transfer/transfer.html

 次の例はいろいろな曲線をパラメータを変化させることで,どのように変化するかを考察するためのものです。
  →「Javaでみるいろいろな曲線」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/Curves/Curves.htm

1_5 教材作成としてのコンピュータ

 教科書では直接扱わないようなものでも,内容的に面白ければ生徒は関心を持ちます。特に最近の生徒の傾向としては図やグラフなどのイメージから理解していく傾向が見られます。そのため,数学通信やプリントなどの補助的なプリントに視覚的なイメージ図などを作成して挿入することは大変効果的です。直接授業においてコンピュータを使用するわけではありませんが,教材作成の一方法として,特にイメージ図作成のためにコンピュータを活用することで生徒の理解度の手助けとすることができます。具体例としてWeb型数学通信「数学玉手箱」の中からいくつか見てみましょう。


  →「数学玉手箱」(早苗雅史)
   http://www.nikonet.or.jp/spring/sanae/MathTopic/MathTopic.htm

1_6 教材研究としてのコンピュータ

 「数学教育実践研究会」では日常的な授業の実践に役立つ研究を目指して活動してきました。その中で最も特徴的なのは,何気ない一つのテーマを,様々な観点や実践から深めていこうという点です。そうした教材研究の中でもコンピュータは大きな威力を発揮します。具体例を2つほど紹介しましょう。

 まず一つ目は藻岩高校の中村文則先生が提起した「2円の交点を通る直線の問題」です。
『2つの円
   x2+y2=1 …@,x2+y2−6x−8y+16=0 …A
 の交点を通る直線は何か
という問題を,@−Aより 6x+8y−17=0としてしまうのは,テクニック偏重の受験数学の最たるものである。』

 このテーマをもとに,ベキの比としての点の軌跡や球束とxy平面との交わりが作る曲線などの分析がなされました。更に世界を複素数にまで広げ,虚円の交点の影としての直線の存在を示しました。こうした教材研究にもコンピュータは本当に大きな威力を発揮します。到底人の力だけではなし得ない世界をコンピュータは作り出してくれるのです。
 また,派生的に「受験数学」とは何だろうか,といった論議もメーリングリスト上でおこりました。参加者も高校生から社会人までに至り,テーマによっては分析・議論自体が一つの教材となりうることを示したのです。こうした手法を可能にしたのはメーリングリストを含めた媒体としてのメールやWebコンテンツといったメディアの存在があげられます。
 なお,このテーマに沿った一連のレポートが,次のページにありますので参考にしてください。
  →「2円の交点を通る直線の問題」
   http://www.nikonet.or.jp/spring/thema/d_circle.htm

 次に複素数による図形変換を"作用素"としての観点からアプローチを試みた教材例を紹介します。現行課程では科目「数学B」の「複素数と複素数平面」で扱われる内容です。複素平面上における図形問題の解法には,様々な面白い要素を含んでいますが,機械的な計算によってその魅力を失わせている解法も目立ちます。研究会ではそのテーマを更に深め,分かりやすくイメージ化してきました。こうした複素変換を描画するのに十進BASICは最適です。それは独自の拡張機能として複素数モードを持っているからです。プログラムの序文に OPTION ARITHMETIC COMPLEX と宣言すると,複素数モードに設定されます。そして,z=complex(x,y)でz=x+iyという複素数が得られ,関数を定義するだけで変換後の複素数が得られるのです。その後Re(w),Im(w)として,実部と虚部の部分を取り出し描画します。次の図はw=z2変換 で家,車,象それぞれを変換して得られた図です。最も大きな特徴はマウスペンで"なぞる"ことで,変換後の図形が姿を現すため,シミュレーションとしての価値が大きいことです。


 次の図は変換の関数を変えて試してみたものです。
w=1/zの変換w=√zの変換w=ezの変換

  →「作用素としての複素数」
   http://www.nikonet.or.jp/spring/thema/complex.htm

1_7 ネットワークとしてのコンピュータ

 北数教高校部会では'97年からネットワーク型の教材データベ−ス「数学のいずみ」を公開しています。数学にまつわる話題を集めた「数学トピックス」,普段の授業実践の報告例を収めた「実践記録・レポート」,テーマを絞って研究を深めていく「テーマ別共同研究」などがあります。また,地域の高校生の数学の資質向上のために長年実施してきている「北海道高等学校数学コンテスト」の問題や長年蓄積された中でシリーズ化された「数学の小手技」「メイくる数学」「数学玉手箱」などが新たに加わりました。
 「数学のいずみ」が目標としているのは「公開」「連携」「蓄積」の3つです。そしてこの3つが柱となり,単なる研究会の公開ページにとどまらない,より数学教育に根差したページにしたいと考えています。年代を問わず多くの意見も寄せられ,小さな試みが長年の蓄積と同時に数学教育に少なからず役割を担うことができるまでになってきました。校内LAN整備が進む中で,より授業に使える教材作りの蓄積が求められています。これまで蓄積されたデータを,更により現場に即した形での還元の仕方が必要となるでしょう。
  →ネットワーク型の教材データベ−ス「数学のいずみ」
   http://www.nikonet.or.jp/spring/

1_8 もはや特別でないコンピュータ 〜あくまでも教材が中心

 これまで見てきたようにコンピュータを様々な形で数学教育に用いることができます。しかし,どんな形で用いたとしても大事なのは教材の中身です。魅力ある授業を作るには,魅力ある題材が必要になります。ソフトウエアの機能を理解して使いこなす前に,どういった場面で,どんな内容で用いたいのか。そうした教材研究こそが必要であると思われます。  コンピュータばかりに頼るのも大きな問題があります。最近の生徒はコンピュータに慣れている世代ですから,内容が伴っていなかったり,だらだらと間延びした授業ではそっぽを向いてしまいます。場面によっては,様々な教具を用いて説明したり,実習形式の授業を取り入れた方が,逆に生徒にとっては新鮮で,かつ,インパクトが強いといえます。また,数学通信やイメージ画像を多く取り入れたプリントなども効果があるといえます。

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