はじめに
ここにレポートしてあるものは,特に目新しい実践ではなく,ごくありふれたパソコンを用いた学習です。また実践した単元も,数Tにおける「2次関数」の導入部分という,パソコンを“道具”として用いるには最も適した分野です。
これまでも,私自身何度も実践してきたところですが,これまでの数実研を通してのちょっとしたヒントや自分自身のなにげない工夫点を,とりあえずまとめてみることも必要ではないかと思いました。
ただ,パソコンを用いた学習において,パソコンが本当に「パーソナル」な道具となり得ているかという根本的なところは,これからの課題として依然残っているのではないかと思います。
実践の概要
実践の大まかな流れはこうです。数T「2次関数」の学習の最初の3時間をパソコンを用いて学習。最初の2時間は,情報処理室で生徒がパソコンで「GRAPES」というソフトを用いて2次関数,1次関数のグラフを描画,プリントアウトするという実習形式。3時間目は,教室で教師がプロジェクタを用いて提示用の形式を取りながら,実習のまとめと説明という一斉授業の中でパソコンを活用しました。
実習形式の学習では,いわゆる“データ収集”という形で,自分で関数のパラメータを変化させることによって得られるグラフを集めさせました。得られたデータを切り取り,プリントに貼らせる作業と,それらをもとにどういった事が考察できるかという2点を課題として生徒に残しました。
このとき使ったソフトは,大阪教育大学附属高等学校池田校舎の友田勝久先生が開発された「GRAPES 5.3」です。今回の実習では関数式を代入してパラメータを変化させながらグラフを印刷するという単純な作業ですから,簡単に操作法をマスターできるという点で,このソフトを選びました。
一斉授業の提示形式の授業では,それらのデータをもとに,生徒の考察した事柄を指名しながら答えてもらいました。プロジェクタに映し出される「GRAPES」の画像をもとに,前次までの実習を追体験すると同時に,生徒の考察した事項をパラメータを変化させながら実証していきました。
実践の主な概略と,授業の流れ,使用したプリント,パソコン環境は以下の通りです。
《 情 報 ハ ー ド 面 の 環 境 》
教師用パソコン |
PC98 VX20(PC-SEMIで生徒用パソコンとつながっている) |
生徒用パソコン |
PC98 VX16 24台(生徒2人で1台を使用) |
生徒用プリンタ |
PICTY400(カラープリンタ)12台(パソコン2台で1台を共有) |
ノートパソコン |
PC98 Na12(個人所有) |
プロジェクタ |
ViewLight s800 PC-PJ631(800×600表示可能) |
若干の工夫点
取りたててよくある授業実践ですが,その中で自分なりに工夫した若干のところを挙げておきます。
- 2次関数の式の形を一般形から先に導入
(元)厚別高校の川崎先生の実践にもあったように,一般形の式を先に与えパラメータの変化を考察させました。一般的な形から導入する方がより自然で,特にパラメータbの役割が生徒に問題意識を持たせます。標準形での動きの単純さが引き立つことにより,標準形の重要性が感覚としてわかります。
また,最後に中学校で履修した1次関数を持ってきましたが,その発展として1次関数の標準形y=a(x-p)+qを描画させ,そのグラフの特徴を考察させました。
- プリントアウトした画像をプリントに貼る作業による“実習感覚”
「GRAPES」のプリントアウト画像の初期値にちょうどあうサイズの枠を作り,切り取った画像をプリントに貼らせていきました。理科の実習的な感覚でデータ集を行うといったところでしょうか。
- 2次関数の一般形のパラメータbの説明の補足に「和関数」としてのイメージを導入
2次関数の一般形のパラメータbの持つ意味はなかなか難しいところですが,以前数実研で札幌新川高校の中村文則が発表された「和関数としての2次関数のグラフ」の考え方を補足として説明しました。y=ax2+bx+cのグラフをy=ax2とy=bx+cのグラフの和関数として考え,y軸上の切片cでy=bx+cの直線に接するということを,パソコンでパラメータを変えながら提示しました。このとき,3つのグラフを同時に描画するよりも,y=ax2+bx+cとy=bx+cのグラフを色を変えて動かした方がよりわかりやすいといえます。
- プロジェクタで提示するときの簡易スクリーンの使用
教室でプロジェクタを用いるとき,案外問題になるのがスクリーンです。備え付けてあればいいのですが,そうでない場合持っていくのが重たく,プロジェクタ,パソコンも用意しなければならないことを考えるとおっくうになってしまいます。そのため,授業に効果的と思っても実際に授業で行うのは躊躇してしまう,そんなことにもなってしまいがちです。以前から用いている簡易スクリーンを紹介します(そんな大袈裟なものではありませんが)。
家庭科の先生から要らない布を頂き,それにクリップをつけます。そのクリップに輪ゴムを巻きつけ,黒板の上に取りつけることができるようにしました。布ですから軽く持ち運びは自由自在です。「どこでもスクリーン」といったところでしょうか。このスクリーンは2年ほど前から活用しています。
- 提示用授業実施時における準備
プロジェクタを利用した授業を展開するときに,もう一つ面倒なのが機器の準備です。接続のためのコード類は,あらかじめ接続しておくのがよいといえます。ノートパソコンとプロジェクタ,プロジェクタからの電源延長コード。こうしたものの準備を事前にしておくことで授業へのスムーズな移行が可能となります。また,プロジェクタはかなり小型化しているので持ち運びもできるのですが,やはりキャスターに載せて,教室に運んだとき電源を入れるだけの状態にしておくことが必要といえます。
「パラメータの持つ意味」に関しての生徒の考察
実習と同時に生徒に課題として出した,「パラメータの持つ意味」に関しての生徒の考察について気のついた点をまとめてみます。これらの課題は,オープンに気のついたことを記述させました。
- パラメータの持つ役割とグラフから読み取れる特徴との混同
例えば一般形のパラメータaの変化に伴い得られる曲線群は,見方によっては左右対称にも上下対称にも見えます。こちらの意図したパラメータaの役割というより,曲線群の特徴を記述する生徒が多かったといえます。これは課題の出し方に問題があったと思われます。
- 考察事項の表現の仕方が今一つ
確かに考察した事項を表現するのは難しいかもしれません。特に最近の高校生は,感覚だけを重視した言語体系を身につけているようなので...。
- パラメータのステップ幅に伴う解答
パラメータのステップ幅は1にそろえているので,a以外のパラメータについてはどのグラフも等間隔に並びます。直線などで,整数の格子点を通るなどの解答も同様といえます。
- とっぴな考察
一般形のパラメータbの考察で,「丸い形でなく変な形」,「bの値を変えていくと人間のろっ骨のような模様になる」などのとっぴな考察も出ました。こうした意見も,案外印象として残りそうな気がして,大切にしてあげたいと思います。
これらのことを踏まえると,もう少し答えやすい課題の設定にした方がよかったと思われます。次回以降への課題として残しておきます。これら考察の解答例は,次のところをクリックしてください。
授業での様子
授業での様子で気のついた点を簡単にまとめておきます。
- 中学校でパソコンに触れている生徒も多く抵抗感はかなり薄い
パソコンに初めて触れる生徒は以前に比べ,かなり少なくなってきているようです(実際にはじめての生徒に手を挙げさせて調べると,クラスにほんの何人かといったところでしょう)。中学校で行っていることと,家庭への普及もあるようです。
- ソフト「GRAPES」の操作法は簡単に会得
「GRAPES」を用いたのは今回が始めてです。以前は,著名な「関数ラボ」での学習や独自の作成ソフトを用いることが多かったといえます。
さて,このソフトの使用しての感想としては,まず第一に操作性が簡単だということがあげられます。生徒も関数の式を入力して,パラメータを変化させる,という作業はスムーズにいきました。残像を残すときに若干戸惑ったようですが,全体的には操作性に配慮された使いやすいソフトといえます。若干の使いづらさについては,後ほど述べたいと思います。
- 作業は本当に熱心
パソコンを用いる授業のときは,あいかわらず生徒は熱心でした。課題が全て終わらなかった生徒は授業が終わっても残って作業をしていましたし,2次限目のときは始業前から揃っていました。
- “係数”a,b,cではなく“パラメータ”a,b,c
3次限目のまとめの授業のときに何気なく感じたことですが,「GRAPES」で使用していた“パラメータ”という言葉を,生徒が自然に使っていたということです。普通,授業では“係数”a,b,cという言葉を用いることが多いのですが,“パラメータ”という言葉が自然と口につき,そしてその“パラメータ”を変化させるとグラフが変化する,という感覚が知らず知らずのうちに身についていたのでしょう。
- 考察部分は物足りない?
先に見た考察部分の記述は,若干物足りない感じがしました。生徒の能力もあるのでしょうが,オープンエンドな問題に慣れていないという点もあるといえます。
反省点とこれからの課題
今回の実践における,細かな反省点をまず挙げておきます。
- プリンタの「READY」状態への対応
今回の実践ではプリントアウトを重視したものでしたので,これまで以上にプリンタの性能のことについて考えさせられました。整備されているカラープリンタ「PICTY400」では印刷が終わっても,次の印刷待ちの状態が続きます。そのため,それを解除しなければ他のパソコンの命令は受け付けてくれません。そのため,操作に慣れるまでは何度も印刷命令を出し,いくつもの印刷待ちの状態を作ってしまいます。最初に説明しても,そのプリンタを始めて使用する生徒には,なかなか難しい操作だといえます。
- パソコン,プリンタ等のハード面の保守・点検
今回の実践の途中でインク切れのプリンタが出たり,システム不安定なパソコンがそれぞれ1台づつでました。40人学級ですので2人に1台を使用すれば4台余るため,急場をしのぎましたが普段からのハード面の保守・点検の必要性を感じました。
- ソフト「GRAPES」使用上でのちょっとした問題点
「GRAPES」は本当に手軽で使いやすいのですが,使用してみ若干不都合を感じた点を述べてみます。これはソフトの仕様そのものの問題点ではなく,こうしたソフトを使うときには大なり小なり,似たようなことがおこるものと思います。
一つはパラメータの変化の幅の初期値が0.1に設定されているため,2次関数の導入のようなところでは初期値を1に設定し直す必要が生じます。生徒への操作性の説明は,できる限り少なくできればと思います。次に,標準形の式y=a(x-p)2+qにおいてパラメータp,qが使用できない点が,少し不自由でした。多分,点の設定でP,Qの文字を使用していることによるものだと思いますが,後々のことを考えて,できればp,qの文字を使いたかったところです。また,座標を移動するときに,上下左右のボタンで移動させることができれば使い勝手が向上するでしょう。その他,生徒用のプリント作成のため画像サイズを200×200で使用した場合,x軸負の数の数値が左によるため,若干見づらかったり,このサイズではコピーボタンが隠れてしまう不自由さもありました。
- プロジェクタでの提示に関しての問題点
プロジェクタを通しての提示では,やはり光源の問題が残ります。晴れた日ではカーテンを閉めて,電気を消しても,なかなか鮮明な画像は得られません。ただ,救いなのは「GRAPES」では曲線の線の太さを指定できますから,提示するときはできるだけ太く,そして目立つ色で描画することを心がければ,少しこの問題も解決できます。
またこれからの問題としては,次の事柄は大きな課題として残るのではないでしょうか。
- パソコン本体が生徒一人に一台が必要(ハード面での整備)
こうした実習形式で授業を行う際には,やはり生徒一人に一台のパソコンが理想的だといえます。また,それに伴うプリンタの整備等,ハード面での環境整備が必要です(本校にもそうした環境が近いうちに整うという話もありますが...)。
- 情報処理室の使用状況過密に対する対処について
本校では商業科目で情報処理室を使用する時間が,週8時間あります。また,最近では英語を初めとする他教科でも使用することが増えてきました。こうした状況が増えてきたとき,必要なときに情報処理室を確保することが難しくなってきます。実際,今回の実践のうちの1時間は,時間割を操作して確保しました。
- 授業でのパソコンを用いた提示が手軽にできる環境作り
プロジェクタも以前に比べ小型化し,持ち運びも楽になってきました。また,パソコンもノート型を用いることにより,教室での活用が比較的簡単になりました。しかし,まだパーソナルな道具とも言い難いものがあります。手軽にすぐ提示できる,そんな環境にはありません。本校ではプロジェクタが備えてあるからまだしも,それがない学校では提示型の授業を展開するのはかなり大変です。
建築家の鈴木敏恵さんが提唱されるような,学校の真ん中にコンピュータ教室が設置されたり,各教室に端末が来ているような,そんな環境はやはり夢でしょうね?
おわりに
何気ない実践でも,まとめてみると案外長くなってしまいました。授業はこのあと,パソコンでグラフを描かせるのではなく,自分の手でグラフを描画させることへと移行しました。最大・最小値や方程式・不等式においても提示用としてパソコンは活用しますが,内容は押して知るべしです。使用するソフトは一つに限定する必要もありません。その場面ばめんに適したものを用いることが大事だと思います。
情報化時代にフリーソフトが最新の情報ですぐに手に入ることにより,授業でのソフト面の環境が整いつつあります。行政サイドがこうした点をもっとうまく理解していてくれれば,もっと早く,より広範囲に数学教育の中にパソコンを用いた学習も普及してくるのかもしれません。
1998.6.5
《参考資料》