「数学史」を取り入れた授業の一考察

北海道士別商業高等学校  若林 理一郎


  1. 新学習指導要領と「数学史」

     昨今、次期の学習指導要領が告示された。その中で数学科の注目すべき点の1つとして、「数学基礎」の新設、特に「数学史」からの話題を取り入れられていることが挙げられよう。一体、なぜ「数学史」なのか。
     数年前から危機感が抱かれている「理数離れ」。生徒は、数学の学習について「社会では役に立たない」と考えているものが多く、数学に対する学習意欲や目的を失っている状況があるのではないだろうか。本校でも、「算数ができれば十分で、数学は必要ない」と思っている生徒は少なくない。
     また、つい最近、「分数の計算ができない大学生が多い」という記事が話題になった。この状況は、数学の学習における「数学における基本的な概念や原理・法則の理解」や「数学的思考の育成」という数学教育の本来の目的の1つが達成されていないことの現れでないかと考えられる。
     「興味・関心がない」から、学習意欲が失われる。そうすれば「概念や原理・法則の理解」や「数学的思考の育成」は望みにくく、学習内容はなかなか定着できない。このような悪循環が、先に挙げた状況を生みだしていると思われる。
     そのような状況の中で、「新学習指導要領」には、「数学における概念の形成や原理・法則の認識の過程と人間や文化のかかわりを中心として、数学史的な話題を取り上げ」ることで、「数量や図形についての概念等が人間の活動にかかわって発展してきたことを理解し、数学に対する興味・関心を高める」という記述が見られる。この内容から、「数学史」の役割として、「数学と人間の関わり」を伝え「興味・関心」を高めていくことができるということが挙げられるのではないかと思う。そして、それが最終的に「数学基礎」の目標にある「数学的な見方や考え方のよさを認識し数学を活用する態度を育てる」ことを達成可能にし、先に挙げた危機的状況を改善できるのではないかと考える。

  2. 「数学史」を授業に取り入れることの意義

     前段を受けて、今度は「数学史」の数学教育における意義について考えていきたい。

  3. 「数学史」を取り入れる場面と方法

     次に、前段とのかかわりにおいて、「数学史」の利用の場面と方法について考える。
     はじめに、取り上げていく上で注意しなければならないことを考えていく。

    1. 出典の真実性
       吉田稔氏は「数学史を取り上げるとき、その印象はきわめて強くいつまでも残っている可能性があるので、提示するエピソードを支える史的真実性を確保する」必要があると述べている。これは、生徒との信頼関係という人間的側面において大切であろう。
    2. 生徒の発達段階や論理的順序
       価値ある素材を取り上げても、生徒の理解が伴わなければ混乱をきたすだけである。従って、生徒の既習内容をとらえ、教師の援助などにより理解可能な内容にしなければならない。

     このことをふまえて、利用の場面と方法を考えていくわけであるが、それは「数学史」からどのような内容を取り上げるかによって、取り入れる場面や形態が異なってくると考えられる。

  4. 「数学史」を取り入れた授業の一例とその結果

     今まで、(エピソードは別として)「数学史」を取り入れた授業を数回行った。授業の期間や取り上げる内容・量も異なるが、その結果も含めて紹介していきたい。

    (1)「錐」はなぜ「柱」の3分の1になるのか?
     小学校で「錘の体積は柱の体積の3分の1になる」ということを学習する。そして、大半の生徒(実際の授業の時は9割近くであった)はそれを確かめることなく、覚えて使っている。この公式を成り立たせた「取り尽くし法」と呼ばれる方法は、曲線で囲まれた図形の面積・錘や球の体積などに対して、様々な時代、場所で研究されてきた。それが、高等学校の「数学U・V」で学習する「積分」へと続いていった。
     この「数学史」における求積の一連の流れを知り、数千年前から続く(ある意味において)共通する思考に触れることで、「数学的なものの見方・考え方」を活用するきっかけをつくることができるのではないかと考えた。
     厳密な証明は「数学V」の無限級数まで学習しておかねばならないところだが、そこまで学習しなくとも、その証明に近づく(近似的な証明とでもいえるだろうか)だけでも、その根本にある「数学的な見方・考え方」を十分に伝えられると考える。
     以下に示す授業は、平成8年12月に北海道教育大学附属札幌中学校の2年生(3学級)を対象に行ったものだが、「積分の応用」として利用可能と思われるので、内容と結果を紹介しておきたい。

    (2)「数の拡張」と「求積」の歴史
     先に公示された新学習指導要領の中で、数学科では「数学基礎」の開設が話題となっている。そのなかで「数量や図形についての概念等が人間の活動にかかわって発展してきたことを理解し、数学に対する興味・関心を高める」とあるように「数学史的な話題」を扱うことが特に注目されている。「理数離れ」に危機感を抱かれている中、初めて登場した内容に、いろいろと思考されている先生方も多いことであろう。
     そのような中、昨年度に3年生情報処理科(1学級・33名)において、必須科目「数学A」の学習を終えた後、「数学史的な話題」を授業の一環として取り入れた。大半の生徒が数学の学習を終えようとしている中、数学を学習することの意義、ひいては、数学が存在することの意義を少しでも理解できれば、「数学A」の目標の中にある「基礎的な知識の習得と技能の習熟を図り、事象を数学的に考察し処理する能力を育てる」ことに意欲的に取り組めるのではないかと考えた。その立場から、「社会と数学のかかわりや、ある数学的な概念や公式の発生過程を知る」ことを主たる目的として、それが「興味・関心を高め」、「数学を活用する」方向性を示唆することを念願して授業を構成した。内容は次の通りである。

<参考文献>

※ この他、「数学教育」のバックナンバーを拾っていくと、「数学史」を利用した授業実践が割合多く あります。また、日数教の会誌「数学教育」にも、いくつか挙げられています。そして、「数学史」に 関する本は、昨今かなり出版されているようです。